平成25年2月21日木曜日

今日修練中に気になったのは「突天一」です。
何度も「突天一」をやっていると道院長より一言
「お互いに固まっているのが解りますか?」
出来るようになるために法形を繰り返すあまり攻者守者共に軸も身体も固くなっていたようです。
「攻者からの攻撃に支配されていて、この場所にしか動けない状態になっている」
守者は蹴ることだけが攻撃ではありません。前に入って拳で突くことも出来る。その場で受けて返す事も出来る。
法形の練習なので蹴る事を選んでいる。
指摘を受けるまで守者は自由に動ける状態にないまま技を繰り返していました。

「お互いに相手の姿勢や状態を観ないといけない」
自分の技をやる事に必死になり、受けた時に相手が崩れているのか?相手が崩れていないのか?
自分自身が硬直しているのかがわからなくなってしまいます。
いつの間にか周りが見えなくなっていたのだと感じます。

修練後に先輩拳士より「一生懸命だね」と言われました。確かに一生懸命でした。
でも一生懸命になるあまり自分の身体の緊張に意識が巡っていなかったのでしょう。
後ほどあちこち筋肉痛が出ました。
日常でも一生懸命にやりすぎているのではないかと思います。
色々な事が出来ていないけれども指摘を受ける事が無いからさも自分は出来ていると思い込んでいる。
指摘をされたらされたで反発する。
反発しているつもりは無くても反発している。身体は正直だと思います。
痛みによって自分がどういう状態にあったかを教えてくれるのです。
ただの筋肉痛にしても何で出るのだろうかと考えてみたり、自分がどういう状態に変わっていったら良いのかずっと考え続ける事で技も日常も変化していけるのではないかと思います。

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