平成25年2月28日木曜日

今回の修練では久しぶりに法話と法座がありました。
「道場にどういう目的で参加しているのか?」というのを主に話をしました。
稽古の一番の実践場所は日常生活です。
武道の稽古をしているからといって実践するにしても人を殴ったりする事が目的ではありません。
以前、道院長の話にもあった空手の人のように人を助ける人のつもりで人を蹴るなんて事がそうあるわけではありません。
技がいくら上手くなっても、相手を倒す事に目的を置いていると人を怪我させる事も出て来るかもしれません。
より良くなろうと思っているのにお互いに痛めるようになっていては「健康増進」には結びつきません。

また、少林寺拳法の教えは良くても日常生活でちぐはぐな事をやっているのでは少林寺拳法をやっている人を疑うだけでなく少林寺拳法その物が疑われるようになってしまいます。
先輩拳士の話の中にあったのが「道院に来るのは自分一人の力では来る事は出来ない。自分の周りに居る人間が協力をしてくれるからここに参加させてもらっている。」参加する事一つとってもそのように感じているのが凄いと思います。

道院が運営出来るのは道院長が居るからです。
運営する必要は本来はありませんが、道院長のご厚意によって運営されてます。
用事があるから休むというのは簡単な事です。
ですが、どうやったら参加出来るのかを考える方が実践的に思います。
行く為には日々の仕事を終わらせて、家庭の用事を済ませ、時間に間に合うように来なくてはいけません。
自分が学びたいから行くんだという思いは大事だと思います。
学ぶ事によって人生が変わっていくのならまだしも悪い方向に進むのでは困ります。
周りの人に協力して貰えるような自分を作る。
法形の出来るような身体運用の出来る自分を作る。
日々学ぶ事によって自分だけでなく周りの人にも影響を与えることの出来るように道場でも日常でも過ごしていきたいと感じました。

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