平成25年3月4日月曜日

今日の法話では、道院長がお話をして下さいました。

そして、自分にとっての少林寺拳法について皆さんと法坐を行いました。
私たちの班で、皆さんそれぞれに仰っていたのは「気づきのため」「少林寺拳法全体の質をあげたい」「日常や仕事にいかしたい」という事です。
今回横田道院長がお話された法話の資料には、「人類だけではなく、全ての存在は実は、最も深い部分でつながっている」という事が書かれていました。
また、「病気というものが、身体や精神のみならず日常生活と密接にからみ合っている」という一文もありました。

私はこの日の修練を終えて後、すぐに悪寒、頭痛、吐き気を催し、翌朝には38度を越える熱を出しました。
今は熱は治まり、ヘルペスが出ています。
私のいつものパターンなのですが、治りかけには必ずヘルペスが出てきます。
逆に言えば、ヘルペスが出てきたらもう熱は出ないというサインです。

ところで、今回一番症状が強かったのは、頭痛と喉の痛みです。
特に、扁桃が腫れ上がり、それが発熱の原因をなしているようでした。(扁桃とは咽頭部にあるリンパ組織で、人によれば頻繁に腫れて発熱を引き起こすので、手術で除去する方がいます)
扁桃が腫れるといっても、私は10年ほど前に扁桃の一部である口蓋扁桃をとってしまっています。なので、残っている扁桃が腫れているのです。

腫れているかどうかは目視でも分かりますし、痛みでも分かります。また、ものが飲み込みづらくなるので、それも一つの指標になるかもしれません。
10年前に扁桃の除去手術をした時、とても痛かったのを覚えています。
喉にある組織を丸々えぐりとってしまうのですから、痕が痛いのは当たり前なのですが、なかなか我慢出来るものではありません。

夜になると余計に痛くなります。
結局、耐えきれなくなり、痛み止めの座薬をもらいに毎晩ナースステーションへ通っていました。
多いときは一日四錠もの座薬を飲んでいました。
その時は何も考えず、単純に痛みは除去すべきものとして薬を使っていたのです。

しかし、少林寺拳法等を通じて、その考えかたは間違っていた事を教えて頂きました。
痛みを薬などで誤魔化すことなく感じるというのが、人間にとって非常に大事であると教えて頂いたのです。

今、喉の痛みを感じるとき、手術の時に感じた痛みとよく似た痛みを感じます。
結局、手術の時に座薬で押さえこんで感じなかった痛みを、10年越しに今感じているのだなぁとしみじみ思います。
昔は我慢出来ませんでしたが、今は「痛くてもこの痛みを受け入れよう」という気持ちが大きいです。
結局、今目の前にある痛みを誤魔化したりそれから逃げても、いつかは向き合わなければならない時期がくるという事なのだと思います。
むしろ、残りの扁桃が、除去してしまった口蓋扁桃の分も頑張って腫れて働いてくれていると思うと、本当にありがたいなと思います。

上記にも、「病気というものが、身体や精神のみならず日常生活と密接にからみ合っている」とあります。
この風邪、喉の腫れ、ヘルペスにしても、全て私の日常が症状として出ているのだと感じます。
症状を押さえることなく観察していくことで、より健康な身体造りに励みたいなと思います。

(沙弥 記)

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