平成25年3月25日月曜日

今日の法話の時間では「正しさとは何か」について、皆で法坐を行いました。

話たちのグループの法坐では「法理、法則が存在するのは確かだが、それを完全に理解し、体現することは難しい。それぞれ自分の中で信念があり、その信念に沿って行動したとき、その信念が法理、法則に外れていたら、不都合なことが起こり、必然的に自分の信念の間違えを気づかされる事になる。そうなったとき、それを認めて受け入れたり、修正していく事が大事だ。そうやって信念を少しずつ法理、法則にすりあわせていく事が正しさにつながるのではないか」

というお話しをしました。

また、自分の中の「正しさ=信念」を人に伝えることは、とても難しいというお話しもありました。

結局、「正しさ=法理、法則」というならば、存在すると思われるが、「正しさ=信念」というなら、「正しさ」はその人の数だけ存在し、言い方を変えれば存在しないといえるかもしれないという結論に至りました。

今回の法話では、やはり、人間は完璧ではないので最初から法理、法則を体現することは難しいが、そういう「方向性」を持っている事が大事なのではないかなと感じました。

そして、やはり「自分の信念や考えは間違えではないか」という検証と、間違いを認める「素直さ」が大切だと感じました。

言葉にすると簡単ですが、「素直さ」を持っていなければ、自分の間違いを認めるのは本当につらいし、プライドの打ち砕かれるような不条理を感じることだと思います。

しかし、それを学ぶためにこうやって道院へ参座し、学ばせて頂いていると思うので、私自身も常に自分に問いかけ続けたいと思います。

(沙弥 記)

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