平成25年4月18日木曜日

今日は科目の復習を行いました。
その中で感じたのは「受身で稽古をしている」ということです。
毎回変化するはずが、恥ずかしながら先週と同じ事を繰り返していました。
法形修練は出来るのですが、その法形一つ一つに発展性がないのです。
相手を蹴る、突く、掛手をするどれを取っても精度が低い。
言われた技をなぞる事は出来ても自分の体格、体型に合わせて上手く出来ていない。

先輩拳士の方に「もう少し、攻撃の精度を上げた方が良い」と言われてしまいました。
また「相手に合わせるのはいいけれども、人によって力の入れ方を変えるのはよくない」とも言われました。相手の事を思えば、正確な攻撃をしなければなりません。攻撃の仕方が曖昧なままに攻撃をしているように見える。そのつもりはなくても端から見ればそう見える。
精度を上げる攻撃という課題が増えます。
また、今日は6月に行われる大会に向けて組演武の組み合わせが発表されました。
今のままでは攻撃が曖昧になってしまい演武としても見応えがなさそうです。
そのような演武にならないようにしたいです。
その為には適切な間合を作る事もそうですし、相手への近づく為の運歩法、構え、いずれも必要になってきます。今の時点でどういうものが出来るかと考えると不安に思えます。

西郷隆盛の言葉にこのようなものがあります。
「機会は二種ある。一つは我々が偶然に遭遇する機会である。もう一つは、我々が設ける機会である。大きな苦難に襲われたとき、人は進んで機会を設けなければならない。」

苦行の道を歩むわけではありませんが、偶然に大会が起きるわけでも偶然、稽古をするわけでもありません。自分自身で設けています。大会に向けてするだけでなく自己確立を目指して稽古に望んでいきたいと思いました。

(沙門 記)

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