平成25年5月23日木曜日

今日も大会に向けて組演武の修練を行いました。
その中で感じたのは「自分の軸、線、先になるものが無い」ということです。
演武をしていても相手の良いように攻撃を受けてしまいます。
こっちの思うように反撃が出来ず、勢いで負けてしまっているのです。相手にとって都合の良い位置ばかりに動いてしまう。
だから攻撃を受ける事が出来ていない。
攻撃を受けれても相手はもう次の動作に移る事が出来ている。
本来はお互いに先の取り合いがされているはずなのです。
相手がたまたま蹴ったり、突いたりするのではない。
ここなら突けそうだという先の取り合いがあるはずです。
ですが、自分は動く事に精一杯なあまりに相手の拳先、足先ばかりを見ている。
攻撃が見えるから攻者の攻撃よりも早く動きます。
攻者は攻撃が届かぬ前に守者が動いているのが見えるので迷う事無く動いた先にいる相手を突く事が出来ます。守者としての自分は避けているつもりです。
実際には固まって動かない状態になっている。この時点で八方目が出来ていない事がよく解ります。
出来ていないからか余計に気合が小さくなり、構えも小さくなりがちでした。
道院長は最後にこのように言われていました。
「法形も出来ない、気合も無いのでは見るものがない」
「気合はその人の内面の状態を、構えはその人の見えない氣の勢いを見る事が出来る」
大会の為の演武修練ではなく、日頃からの延長線上の演武をしないといけない。
本来であればお互いに構え、体捌、足捌を指摘するぐらいでないといけない。
その構えだったらこちらの攻撃が入るとか、その運歩では待蹴が出来る。
そういうのを考えた上での法形修練であったり組演武になるはずなのです。
法形を繋げただけの演武ではやはり面白くありませんね。
お互いに先を取り合う事の出来るような演武を表現出来ればと思います。

(沙門 記)

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