平成25年7月29日月曜日

今日は、久しぶりに道院長に法話をして頂きました。

『武道とはどういうものか』というのを、再度考えさせて頂けるような、内容でした。

まず、武道というのは『誰と戦っても勝ち、最強を目指す』というものではなく『どんな危機的情況でも生き延びる』ための力を養うものであるそうです。

対戦相手を想定し、あらゆる不利を排除して、ルールに則って相手に勝つ、というのはスポーツであるそうです。

逆に、あらゆる不利を受け入れ、例えば怪我をしていたのなら『もともと生まれた時から怪我をしていたかのように』して怪我を受け入れ、それを問題にしないで行うのが武道であるそうです。

高槻南道院では、風邪や怪我をしていても、できる限り道院へ来て修練をすることを指導して頂きます。

風邪を引いたからと言って、ゼロにしてしまうのではなく、できる範囲でやればいいのだ、という指導であると考えていましたが、上記のような意味があると考えると、さらに納得がいきます。

そもそも、武道というのは、お腹が痛いとか風邪を引いたからといって、敵が手加減してくれるようなものではないのは、明白です。

スポーツでしたら、体調が悪ければ身体を優先することが常識ですが。

風邪を引いたり、痛みがあるとき、それを『もともとそうであったかのように』なして、やるべきことをやる。そうやって、不利や怪我を除外するのではなく受け入れていくことが、少林寺拳法の修行に直結するのだと思います。

道院で技を修練するだけが修行なのではなく、痛みや危機的情況を受け入れながら、道院へ参座する、ということが、まずは修行になるのだと感じました。

現在、道院の拳士の半数以上が試験前であり、試験準備を行っています。

私もその内の一人ですが、10月の試験を受けることができるよう、きちんと修練を行いたいと思います。

なかなか修練の時間をとることが難しいと感じることもあるのですが、上記のように『もともとそうであったかのように』考えて、何かを言い訳にしないように、できる範囲のことを行っていけたらと思います。

(沙弥 記)

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