平成25年11月18日月曜日

今日は、逆小手の変化技を指導して頂きました。
逆小手がかからなかった場合の、逆手投を、どのようにして行うかを、お互いに研究しあいました。

逆手投をする条件は限られており、攻者が『逆手投しかかからない形』にしていなければ、逆小手や小手投、首投で返されるということです。

今回の修練では、組み合ったお互いが、どの場合に逆小手、小手投、首投、逆手投をかけるのかを、探るという事を行いました。

いつもはお互いが、かける技、かけられる技、を認識しているので、今回のように何をかける、かけられるのかわからない状態での修練は、とても難しくもあり、また、面白くもありました。

組み合ってしまうと、相手と間合いが近くなり、上半身のみで相手に技をかけようとしてしまいます。
しかしそれではいくら頑張っても、力対力の勝負になり、自分も相手も姿勢がくずれて、技がかけられなくなってしまいます。

道院長は「姿勢をくずさない・下半身を使う・余分に動かない・かけ手は触れるだけ」といった指導をして下さいました。

それらの事を意識すると、膠着状態で組み合うことが減り、技がかかりやすくなるように感じます。

今回のような、ルールの少ない状態での修練は、何だか、遊びの延長のような感覚を覚えます(もちろん、武道ですから遊びとは違いますが)。

小さい頃、友達同士で、おしくらまんじゅうをしたり、相撲やチャンバラごっこをしていました。

あの頃は、身体を使って遊ぶにしても、怪我をさせるようなことさえしなければ、何をしてもよく、それが楽しかったなぁ…などと、思い出してしまいます。

そう考えてみると、少林寺拳法の修練を行う時には、「こうあるべき、これをしてはダメかも」と言った、思い込みにしばられて、必要以上に不自由な状態で修練を行いっているのかもしれないなと感じます。

もちろん、形をきちんと行うことは大事だとは思うのですが、必要以上に形にとらわれてしまっているのかなと。

今回の修練では、自分の中の思い込みを外していくことの大切さを、改めて感じました。

そのために、子供のころの自由な感覚を思い出すこともまた、大切なのではと思います。

思い込みを外していけるよう、修練に取り組んでいければと思います。

(沙弥 記)

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