平成26年1月27日月曜日

今日の修練では、剛法では「払受蹴」「下段返」、柔法では「両手押小手」「両手寄抜」を指導して頂きました。
剛法では、道院長より「払い」を行う時の要点として、「払う時の手は、相手のおとりとして、その場に残しておかなくてはならない。そのために、相手の攻撃をかわす時に、払う手を軸にして動くように」という事を指導して頂きました。
「払う手を動かさない」という身体の使い方は、今まできちんと意識できていなかった事でしたので、その点を意識して動くことで、技への取り組み方や身体の使い方が、今までと違うものになりました。
 他にも、修練中に個人的に指導して頂いたのは「拇指と小指をきちんと張る」ということです。以前から何度も指導して頂いている事ですが、身体になじまず、つい意識をし忘れてしまっていました。「拇指と小指を張ることで、そこに気が流れる。だから、手を張るのが大事なのだ」という事を、改めて教えて頂きました。
 また、今日の技の修練は、人数の関係上、私の組は三人で行いました。私は、三人で修練を行う場合、他の二人が修練を行っている時は、自分は順番ではないので、露骨に避けていたり、人の技を見ることに気を取られています。そして、自分が技を行う時は、相手の事ばかりに気をとられ、もう一人の拳士の事は意識していませんでした。
 しかし、先輩拳士に「三人で修練する時は、相手の事だけではなく、もう一人の拳士の事も意識するように。もう一人の拳士が襲ってくるかもしれない、という警戒を怠ってはいけない」という事を指導して頂きました。
 これも、私にとっては今まで全く意識できていなかった事でした。自分が技を行う時に、もう一人の拳士を意識するのは、とてもやりにくく、慣れていない事もあって、意識が散漫になって動きづらいと感じました。
 今日の修練全体で感じたことは「意識しなくてはならない点がたくさんある」という事です。
道院長が指導して下さる技を行うのは当たり前ですが、その間にも、「きちんと手を張っているか、もう一人の拳士の動きを感じているか、道院長の指導して下さる要点は実践できているか」など、いろいろな事に気を配らなくてはなりません。
けれど、集中力が欠けてきたりして、意識が散漫になってくると、いろいろな事に気配りが出来なくなってきます。そして、漫然と同じ間違った技を繰り返してしまいます。
 これは、道院の修練でも日常生活でも、全く共通する点だなと感じます。
 日常生活でも、意識しなくてはいけない点が、たくさんあります。それを全て意識できているのかと言えば、意識が散漫になって、油断している時の方が多いかもしれません。
その点、道院では、油断をしていれば怪我をしますし、また、指導してくれる仲間や先輩拳士もいます。
このように「たくさんの事を同時に意識して気を配る」という訓練をさせて頂くというのは、とても貴重な事だと、改めて思います。このような修練の積み重ねが、日常生活で「細やかな気遣いができる人間になる」ことに直結してくるのではないかなと思います。
今後も、漫然と間違った技を繰り返し行うことがないよう、いろいろな事を意識しながら、素早く動けるように、修練に取り組んでいければと思います。

 
(M拳士 記)

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