平成26年3月13日木曜日

今日は「諸手逆小手」を指導して頂いた時に感じた事があります。
「自分の見ている物を疑う」ということです。
 私は最近、職場で人のしていない所まで掃除をしています。職場は毎朝掃除をします。なので部屋全体は綺麗です。綺麗なのですが、掃除をしている姿を見ていると拭き掃除するのでも、掃除機を掛けるのでもやりやすい場所しかしません。自分の手の届く範囲。掃除機のノズルが届く範囲。細かい所を見るとかなり汚れているのです。
 それを見ていたら身体がムズムズし始めました。いつもしている所に置いてある物を動かすと汚れが隠れています。こんなにも汚いのかと思いました。見た目には綺麗だからこれで良いと思うと、見えない所で汚れはどんどん溜まっていきます。
 私が職場の掃除を始めて職場の色々な場所が変わりました。物の位置を変えて掃除が出来るような空間に変えました。掃除がしやすくなるだけで場所の雰囲気はどんどん変わると分かりました。
 技でもそうだと思うのですが、一回する事に上手くなるような観察力があれば同じ事を繰り返す事は少ないと思います。同じ物を見ていても人によってはどんどん変わる。変わっていくのは、同じ技をしながら少しづつやり方を変えているのです。
 道院長に技を見せて頂いても何処かでこの技はこういう風であろうと考えています。恐らくこういう技だからこういう風にしたら出来る。実際にするとそれが出来ないのは形だけを見てその裏側を感じれていない。
禅宗の言葉に「一掃除二信心」というのがあります。信心よりも掃除を優先するのは掃除を通して常にニュートラルであるように教えているのかもしれません。技を見るのでも自分の思考を混ぜずに落ち着いて見れるようにニュートラルな状態を作っていければまた変化していけるのではないかと思います。

(K拳士 記)

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