平成26年4月10日木曜日

本日は「順蹴地一」と、新しく「差替順蹴地一」「逆蹴地一」「巻落」を教えて頂きました。

道院長には以下の様に教えて頂きました。

●「差替順蹴地一」
守者の動きは順蹴地一と同じですが、攻撃がより相手の近間に入って金的蹴をする技です。手足の長さが違う相手に有効です。

●「巻落」
相手が胸ぐらを掴み持ち上げようとしてきた時に相手の懐に入り倒す技です。相手の懐に入る時は自分が相手に背中を向け死に体になるので、自分が膝を着くくらい低くなり相手の指先が床に向くようにして落とします。

「自分の感覚を疑う」
順蹴地一の攻撃は蛇突で、初めて出てくる攻撃でした。新しい技を教えて頂くと初めは見よう見まねでぎくしゃくしてしまいますが、そのうち何となく“それらしく”見えてきます。しかし「この動きをしてゆけば良いんだ」と思ってやっていると、何か違う…。よくよく先輩拳士の技を観察すると、私は「1、2、3」と区切って動いていた所を先輩拳士は「1、2」で動かれていたのです。
動きは似ていても手足を出すタイミングが違う。形だけを追ってもダメだなと思った瞬間でした。

入門したての頃は「皆と同じ形をしているつもり」なのに、どうして自分には出来ないんだろうと思うことが多々ありました。しかしそれは自分がどこか“出来ているつもり”になってしまっていたからだと思います。本当は、手の形、足の動き、タイミングなどなど…自分が似たようにやっているように思えても体重をかける位置が違ったり、極める場所がズレていたりします。自分の感覚だけを信じていたら形は似ていても内容が全く違うものになり兼ねず、技も上手くはかかりません。このことに気付いてからは、自分のやっている事は本当に正しいのだろうかとより思うようになりました。

日常生活でも、相手はこういう人だとか、こういうつもりで言っているんだろうとか、決めつけで人や物事を判断してしまう所がありましたが、それは自分の思い込みや色メガネで見た世界であって、それを捨てなければ本当の相手や世界は見えないと思います。自分のやっていることや信念を疑うことは、正直ちょっと苦しい作業でもあります。何故なら、今までの自分を否定するように感じるからです。でもそれは否定ではなく、ありのままの自分や相手を肯定的に受け入れる為に欠かせない第一条件であると今では思います。

「守破離」の「守」は自分の色を無くし型にはめ込むことですが、まずはここからだなと再確認させて頂くことが出来た修練でした。

(I拳士 記)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中