平成26年7月10日木曜日

本日は、基本の後「開身突」「逆手投」を行った後、相手の中に入って崩す動きを行いました。

相手を「崩す」には「①物理的」「②ベクトル」と「③経絡」「④心理」「⑤反射」がありますが、少林寺拳法では後の3つの「経絡、心理、反射」を使います。しかし、ほとんどの人は始めの2つである「物理的、ベクトル」を使いがちで、だから相手によっては崩れないということが起きるのです。

逆手投をするのを見ていても、手先ばかりに意識がゆき、氣が上に上がったままかけている人がいます。足を見たら一目瞭然ですが、膝が伸び肩が上がったままかけようとしている。すると、丹田が攻者より高くなってしまいます。自分の膝を緩めると丹田が相手より低くなり、守者の方が安定するから技がかかるのです。
本来は、守者と攻者なら、守者の方が有利なのです。なぜなら、攻者はどんな攻撃をしようかと迷いがある。逆に守者は相手の力を流すことだけを考えていれば良い訳です。

相手が両手で掴んできてからどうこうしようとしたのでは遅い。お互いに構えた時からもう始まっているのです。構えた瞬間に相手のエネルギーを流しておく。だから、掴もうとした瞬間に相手はもう倒れているのです。皆さんは、自分の意識がどうなっているかを感じていますか?狭く小さな一点だけを見るのではなく、例えばこの部屋に敷いてあるマットごとを掬うイメージを持つことが大切です。前もってその場の意識を変えてしまっておき、そのイメージでかけるとぶつからなくても相手が勝手に倒れてくれるのです。

壁にお尻を向けて立ってピタッと背中を壁に着け、そのままおじぎできますか?これは出来ないのです。前に行こうとする時に、後ろにも行こうとする力が働く。これは「宇宙の法則」です。昔の武士は刀を抜いて前に切り込む時に、実は身体を一度後ろに腰を切り、体を開きながら刀を抜いているのです。だから、無理やり押そうとしても、自分が不安定になり弱くなるのです。

私は、技をかけようとすると氣が上がってしまいます。特に、技が出来ていない時は足腰が固まってしまっているのが自分でもよく分かります。身長は低いので有利なはずなのに、技をかけようとすると相手より高くなってしまいます。形だけを頭で考え、自分や相手の意識は感じる余裕もないままに行動している…だから技もかからないのです。
このことは、日常にも現れているなと思いました。仕事をしている時などは特にそうなのですが、頑張って何かをやろうとすればするほど身体が緊張したり足腰が固くなり、空回りして後で疲れてしまう。ある意味、それが私の心と身体のパターンになっている気がしました。
本日の修練を通して、力いっぱい掴んでくる相手に自分はいつもどう対応してしまっているのかがよく分かりました。力いっぱい掴んでくる相手が日常のトラブルや障害だとすると、私はそれに何とか対応しようとして氣が上がったり、固まったり、諦めてしまったり…心が身体の動きや形に出ているなぁと思いました。
反対に、相手を倒せた時は「やった」とか「上手くいったな」と思ったのですが、途中から、これも評価してしまう私の心なんじゃないかと思いました。
つまり、出来た、出来ないで一喜一憂していることが、何かが起こってからリアクションしてしまう自分の意識と身体のパターンを表していたのだと思ったのです。何かが起こる前に、その場を変えてしまえばぶつかることなく、相手は寝てくれる。これが日常に活かせたら、問題は起こらなかったり、起こってもちゃんと対応出来る…少なくともパニックになることはないだろうと思いました。何かが起こってから対処するのでは遅い。まずは場を変えることが大切で、場を変えるには自分の意識を変えておくことが重要なのです。狭い視点で枝葉ばかりを見るのではなく、その大元である幹や根っこの部分を見るような意識を技だけでなく日常でも持てるように意識してゆきたいと思います。

(I拳士 記)

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