平成26年9月22日月曜日

本日の修練では、以下の技を指導して頂きました。

① 肩打投
 ・相手に入る時は鉤手をし、一旦、相手を吸収してから送って投げる。
② 振捨表投
 ・肩打投と同様、鉤手をして、相手を吸収しながら投げる。投げる時は、相手が動きやすいよう、相手の事を感じながら技をかける。
③ 下受蹴小手投
 ・小手投を行う時は、下から上へ、相手を高く持ち上げるような気持ちで、一旦相手をあげる。それから、相手の肘を支点にして、相手の手首を真下にし、投げる。
④ 抜打押小手
 ・相手に両手を掴まれた時、手鏡のようにして掌を自分へ向け、自分の手の重みで相手の丹田に向けて力を入れる。相手が押し返してくる力を利用して、右ひじを相手の顔面に向けて出しながら、右手首を抜く。抜いた手の勢いを利用して、相手の手首を打ち、体勢を崩して投げる。
 
<考察>

本日の修練で印象に残ったのは、肩打投です。
攻撃は肩車なのですが、つい、太腿を掴まれるのが怖いやら恥ずかしいやらで、身体が引けてしまいます。
また、前回も先輩拳士に指導して頂いたのですが、攻撃された時に、相手を一旦吸収するという意識をもつという事が大事であるそうです。
頭では、「頑張って受け入れよう」と思っていても、実際には上手く吸収できません。肩車に対する苦手意識もありますし、技を早くかけようと思うと、余計にぶつかってしまいます。
また、肩打投は下半身の動きは半転身を行います。しかし、半転身という形はできても、実際には腰が引けた状態で、上半身とバラバラの動きをしていたりします。
以前、道院長は、「下半身は潜在意識(自分の無意識の考え)であり、上半身は顕在意識(自分で意識できる考え)である」という事を仰っていました。
つまり、下半身が引けて、上半身だけで頑張っているというのは「無意識ではやりたくないのに、頭では頑張ってやっている」という事になります。
ところで最近、どんな技をかけるのにも、腰を意識して技をかけようと心掛けています。心掛けたところで、そんなに効果はないのですが、それでも、技によっては、自分の腰を意識して動かすと、相手が動いたり倒れたりしてくれます。
しかし、少し気が弛むと、腰を動かさないで技をかけようとしている自分がいます。
腰を動かしている時の自分と、腰を動かしていない時の自分の心境を観察してみると、腰を動かしていない時の自分は、やはり「どうせ無理だろう」とか「やりたくないな」などと、どこかで思いながら技をかけています。
腰を動かしている時の自分は「何とかこの技で相手を倒しきらなくては」と、無意識に思っているように思います。
この「やりきらなければ」という意識は、修練を行う上で、とても重要だと感じます。
CMで「やる気スイッチ」などという文言が使われていたことがあります。この「やる気スイッチ」が、自分のどこにあるのか、もう少し、そこを観察しなければ、と、最近では思います。
ある先輩拳士の助言では「技が上手くなると、仕事も家庭も上手くいく。技にはすべてが出る」と、仰っていました。
少林寺拳法の技が出来るようになることが、その先輩拳士の大事なものに直接つながっているというのが伝わってきて、少林寺拳法を上達するための必然性が伝わってきました。
少林寺拳法を修行する事が、自分の本当に大事なものにどういった影響を与えるのか、また、自分が大事に思っているものは何なのかを、もう一度考えなくては、と思います。
そうする事が、顕在意識と潜在意識のずれ、即ち、思っている事と考えている事のズレを修正し、上半身と下半身のズレを修正することにつながるのではないかと思います。
読んで頂き、ありがとうございます。

(M拳士 記)

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