平成26年11月3日月曜日

本日の修練では、試験準備のため、苦手科目の復習を行い、先輩拳士にご指導して頂きました。

最初に行ったのは、木葉送です。手首を動かさないように軸にして、肩を送って行って相手を倒して下さいと指導して頂きました。
私が行うと、肩を送るのではなく押してしまって、力技になってしまいますが、先輩拳士が行うと、何の力もなく技がかかります。

私が行っている技と、先輩拳士が行ってる技は、同じ木葉送でも、全く別物であると、感じました。

優劣をつけるなら、先輩拳士の技のほうが格段に良い、と言ってしまえばそれまでです。しかし、個性ととらえるならば、私の技は無理があって、力ずくで、方向性がありません。先輩拳士の技は、無理がなく、力も使わず、方向性がきちんと感じられます。

先輩拳士自身の、生き方や考え方が技にでているようで、その綺麗さが、やはりすごいなと思いました。やはり、技にはその人自身がよく出るのだな、と思います。
このような技ができるようになれば、人生が変わるのではないか、と、思わせて頂けるような、技です。

少林寺拳法は「自分の人生がより良いものになる為に行うものだ」と、先輩拳士は仰います。
私は、今のところ、自分の人生と少林寺拳法が結びついていません。それが、結びついていくようになれば、本当に面白いだろうな、と、思います。

それでも、少林寺拳法の上達はあくまで手段であって、目的ではないという事も、改めて感じました。少林寺拳法がいくら向上しても、人生が楽しくならないのでしたら、意味がないのです。逆に、人生が楽しくならなければ、少林寺拳法を頑張る意欲もわいてこないと思います。

やはり、生活と少林寺拳法のバランスが大事なのだと思います。

日常生活を充実させつつ、少林寺拳法に取り組んでいければと思います。
読んで頂いて有り難うございました。

しかし、翻って考えてみて、それは、武道だけにとどまるものではないな、という事です。
仕事でも、日常生活でも、趣味でも、家族との触れ合いでも、本気で取り組めば、人生をよりよいものに変えてくれるものであるという事です。

ともすれば、技術の向上や段位をとること、修練をする事ばかりに意識を持って行きがちです。しかし、自分の人生をより楽しく過ごすための、一つの手段として、武道があるのだという事を考えて、目的と手段を取り違えないように、修練に取り組んでいければと思います。

読んで頂いて有り難うございました。

(M拳士 記)

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