平成27年1月15日木曜日の修法記

今日の修練では科目の復習で片胸落と送肘攻を行いました。
まずは法形通りの片胸落を行います。その後道院長が仰られていたのは3つほどありました。
一つ目は前に入っていく。道院長が話をされる前までは全員が攻者が掴んだ時に衝突してその動きを止めてから手刀をいれていました。そうではなく掴まれた時には衝突せずに前に入っていく。その時には手刀も同時に入れる。それで相手を倒せるようにする。どうしても攻者が倒れる前に取ろうとするので攻者が生きている。相手の後ろに入った状態から前に倒す。後ろにも行けるようにもする。
二つ目は技を上半身で行っている事が多い。意識としては相手の足元を崩す。攻者は上半身を意識していることが多いので守者はなるべく足元を意識する。鉤手と同じで相手の足を止めるようにする。足の裏をイメージするようにして行う。
三つ目はどのようにして掛手をするのか?相手を崩すはずが自分の正中線が崩れている。掛手ですから掛けるはずが相手を攻めようという意識から握り手になっていたり、相手の手を下から支えるはずが横から掴んでいる人がいる。
片胸落の場合は相手を下から支えるようなイメージになります。

送肘攻を行った際に道院長が仰られたのは「自分の緊張を感じる」ということです。相手を崩そうと思うばかりに自分が緊張している。その緊張は相手に伝わり相手は安定しているのに自分は崩れているようになる。自分の緊張している部分を全部止めていく。筋肉を緊張させるのではなく真っ直ぐ立つようにする。無駄の無いようにする。自分の立ち方はどうなのかを感じていく。基本でも同様で自分の突きはしっかり真っ直ぐ突いているのかどうか?そういうことを感じながら行う。相手をどうこうするよりも自分がどうなっているのか?もっと楽に立てるような状態があるはず。

今日の修練をしていて感じたのは自分自身はどういう感覚を持ってやっているのかということです。イメージの中では上手くいっていると思っても現実はイメージとは違います。イメージを具体的にしてく為に必要なのは感覚なのではないかと思います。例えば夢を叶えることには感覚が必要だという話があります。大きい家に住みたいと思うだけでは駄目でその家にはどんな家具があってどんな触り心地なのか?ソファーがあるとすればどんなソファーなのか?家の中はどんな香りがするのか?どういう生活をしているのか?ということを実際に触れているような感覚になると夢は実現すると言います。
それと同様に技をただ行うのではなく、こういう感覚というのを実現していく必要があるのではないかと思います。道院長が掛手にはそれぞれ意味があると仰って見せて下さった手の動きはとても滑らかでした。その滑らかな動きの中には実際に触れているような感覚があるのではないかと思うのです。そういう感覚を磨く事が自分自身の緊張に気づいていくヒントになるのではないかと思います。感覚というのは人によって様々ですから自分の感じるものを頼りにまた修練していければと思います。

(近藤健太郎 記)

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