平成27年2月23日月曜日の修法記

本日は、基本、胴突蹴、受身(下受、廻蹴、両手寄抜、巻小手、真横から持たれた時にその姿勢のままの受身)の後、錫杖を指導して頂きました。

●錫杖は力で振り降ろすのではない。
錫杖を振り降ろすには力を使うのではなく、錫杖の重さを下に降ろすだけでよいのです。力を使おうとすると、逆に錫杖に振り回されます。

●錫杖を使っての内受
ただ受けるのではなく、受ける時に実は錫杖を手の中で回している。錫杖をただの棒として受けをしていると、相手の力とスピードが勝っていると押し負けてしまいます。相手が突いてきた時に、内受をする動きをしながら錫杖を回して受けると相手の力のベクトルを変えることが出来ます。また、肘を伸ばし切って受けてしまうと肘を痛めてしまうので、必ず少し肘は曲げておきます。

●バタフライ現象を使う
錫杖の動きはバタフライ現象です。手前を少し動かしただけで、末端や先の部分が大きく動きます。これを利用するのです。それを皆さんは末端や全体を大きく動かし過ぎて、自分の体勢まで崩れてしまい次の攻撃に移れない状態になってしまっています。そうではなく、錫杖での受けをする時も錫杖の手前を動かすことで末端を動かすのです。

●姿勢が大切
錫杖で突いた時、受けた時など、その時の自分の姿勢がどうなっているかも大切です。錫杖を持つというだけでも姿勢は崩れがちですが、その姿勢で自分は次の攻撃に移れるのかなどを意識して欲しい。

●中心を合わせる
錫杖の中心と自分の正中線を合わせる。今、皆さんは中心がバラバラの状態で動いていますが、自分の中心と錫杖の中心が合う位の感覚で使えるように練習をしておくことが大切。

●錫杖の使い方はいろいろある
錫杖の使い方は突くだけではありません。受けはもちろんですが、縦に持ったままでも使えますし、持ち方、構えかたによって様々な使い方が出来ます。錫杖に中心を合わせ、その動きを自分のものとした時にそれが出来るようになります。皆さんも錫杖になるべく多く触れて、使えるようになって欲しいです。

〈考察〉
道院長の錫杖の使い方を見ていると、本当に身体と一体になっていはるなぁと感じました。道院長の動きには無理無駄がなく、自由自在です。私はと言うと、錫杖に振り回されてる状態。同じ動きをしようとして形を似せようとしても、似て非なるものになってしまいます。
私の錫杖を使うイメージが自分は自分、錫杖は錫杖と別々のものを扱うような感覚でした。しかし、道院長の動きには自分の動き=錫杖の動きという一体感があります。身体の正中線と錫杖の中心が一体になっている感覚です。そこまでの動きに至るには、いかに錫杖に触れて中心を合わせているか、と、感覚を研ぎ澄ましているかなのだと思います。
そして、細やかな動き。錫杖は見た目は大きく動いているイメージがありますが、実はその動きの中での細やかさに驚きました。突きの動き一つをとってもそうで、一歩入りながらも錫杖を手の内側で回しながら出して戻す。一つの動きをするのにも様々な要素がって初めて効果的に「突く」という動きになっていることが分かりました。私達の身体もそうで、一つ一つの動きをする時にも骨や筋肉の微細な動きが複合的に協力し合い一つの動きに繋がっています。その動きが無意識に出来るのは実は日々の積み重ねと感覚なのだと思います。つまり、それがその人の「体の癖」に当たるのです。そして、その出所は正中線であり、それが現れるのが「姿勢」なんだと思います。
錫杖を持つと姿勢はより崩れがちですが、その中でいかにして自分の正中線を意識出来るかが大切なんじゃないかと思いました。
私は猫背がちで姿勢が良くないとよく言われるので、まずは日常の姿勢を意識したいのと錫杖に少しでも多く触れて中心を合わせることが出来るようにしてゆきたいと思います。

(井上恵以子 記)

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