平成27年4月9日木曜日の修法記

今日は基本修練、科目の復習、新科目を行いました。

天秤投
守者は乱れ構、攻者は逆突を突きます。月曜日にも仰られたことですが、相手の突きを止めないようにする。攻者を投げようと思うばかりに手捌ばかりがものを言って上手く相手が動くことが出来ませんでした。この際に指導して頂いたのは二足転回をしっかり行うことでした。手を使おうと思うと相手が遠くにいってしまいます。自分自身の力をしっかり伝えるためにも自分からは相手が近く。相手からは遠い位置にいなくてはいけません。手がものを言うと自分の間合から遠くなります。また腰が引けてしまうので余計に相手に影響を与えることが出来なくなります。手を意識するよりも足を意識する。自分の場合は足を意識しようと思うと手が疎かになってしまいご指導頂いた足捌が上手く出来ませんでした。自分自身でも気が上がって呼吸も浅くなり、思ったことを形にすることの難しさを改めて感じました。

新科目
熊手返(片手・両手)
熊手返は攻者がレスリングのように両手を掴んで上から押してくる。それに対して一度負けてからS字の形、もしくは捕りの形を作るって手首を攻めます。
これも先程の天秤投と同様のことが言えるのですが、言葉では分かることですが実際に形にしようとするとS字の形のようになったり、捕りの形になっていたりと一定しません。自分自身では負けているつもりでも攻めようという意識が強いからか上手く形がとれませんでした。
 以前、道院長が指導されていた時に仰られてたのは実際に使うには難しいと仰られていました。形を作ろうと思っても力の差があると形を作りにくい。無理に形を作るのではなく先程の足捌のような動きだけで相手を動かしていたのが印象的でした。力ではないというのを見せて下さっていたように思います。

自分自身の中でのテーマは形にしていくということです。
日々試行錯誤をしておりますが、形にするには動くことです。
天秤投でも足捌を指導して頂いて、自分の中でこう動こうと思っても意識と足がバラバラになっている。現実に頭がついていっていない。処理速度が遅いのもありますが、出来ないことに対する緊張が強すぎて動けなかったのかなと思いました。
日常でもやろうやろうと思いながらも動けないことがある。
アドラー心理学に関する本を最近読んだのですがその中で印象的だったのはやろうと思っても出来ないということは無いと言うのです。あくまでやらないことによって自分自身を守っている。本当は出来ないけれども、自分は出来るという可能性を残しておきたいがために人はやらないというのがあるそうです。
天秤投、熊手返、いずれも基本となる身体の動きは今まで学んできているはずです。出来るように考えることは日々過ごしていたら出来るはず。
出来ないからと慌てないようにしなくてはいけないと思いました。
試行錯誤ではありますが、日常でも思ったことが直ぐに出来るように行動して形にするべきことを形にしていきます。

(近藤健太郎 記)

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