平成27年9月14日月曜日の修法記

本日の修練では、基本稽古の後、見習い拳士と有段者に分かれて修練を行いました。
有段者は道院長のご指導のもと、合掌の形を応用した技法などをいくつか指導して頂きました。

まずは座っている状態で手首を捕まれ、捕まれる方は観音像のように、親指・中指・薬指を輪にした形を作ります。
すると、力を入れずともこの形を取るだけで、合掌と同じように相手との線が一つになり、正中線から相手が崩れていました。

この観音像のようにと言うのは、片方の手は丹田くらいの高さ、もう片方の手は顔くらいの高さにあるイメージです。この形の延長線で、立合いの時は手を開いて行いました。

手印を組んだり、手を開いたりして行っていますが、この時に大切なのは相手を固まった物質として見ないことなのだと思います。

道院長に指導して頂いたのは、人と相対した時に、自分と相手を中心に放射している二つのオーラが、ちょうど二つのボールがぶつかって跳ね返るようにイメージすることです。

人間などの物質を構成している最小単位は、粒子という本当に小さな小さな粒で、人間は塊のように見えて、粒子の単位で見れば、実はスカスカなのだという話をよく聞きます。
この粒子の密度が大きいので、人間の肉体は目に見えるわけです。オーラやそういうエネルギーというのは、密度が小さくで目に見えないだけで、常に人間に影響を与えています。

合掌という形は、こういう空間のエネルギーを変容させてしまうのだそうです。
実際に、合掌を応用した技法を使って倒される時は、身体を操作して倒されるのではなく、脳が止まるような感覚です。

古の武道の達人というのは、この空間を相手が気づかないうちに支配・変容させてしまっていたのだそうです。

下受蹴を例に道院長から指導して頂きましたが、攻者の逆突は、攻撃するという心が先に意識の線となり、その線を辿って逆突という現象が起こります。
空間を変容させるのは、この意識の線に先に触れておく下受です。

攻者を何度か試してみましたが、側から見れば道院長が派手に動いているわけではないのに、私は攻撃の最中で「危ない」という感覚が物凄かったです。

他ではまずできない経験なので、とても楽しい修練の時間でした。

(梅田海来 記)

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