平成27年10月8日木曜日の修法記

合掌
この日の修練では、基本稽古を全体で行った後に級拳士と有段拳士に分かれて復習を行いました。

復習では、剛法である下受蹴、下受順蹴、半転身蹴、横転身蹴、払受蹴、柔法である吊上捕、送捕を行いました。

さて、自分自身の修練のテーマとして「いかに三徳が得られるか」というものがあります。
武道として、各法形を行うさいには「相手が攻撃しようという心=邪気」を鎮める必要があります。
この心を鎮める方向でなければ、相手の攻撃行動を封じようと思った場合、相手を殺すしかないからです。
力に力で対抗すれば、新たな怒り・憎しみを生み、一時的に相手を黙らせることは出来ても、相手は何らかの形で報復を図るからです。更に、もし相手を殺せたとしても、その家族や仲間から恨まれることになります。
そうなると、相手(やその仲間)の力に勝る圧倒的な力(腕力・権力・財力)などが必要となり、それを肥大させていくことはエゴを増大させることになるため、三徳を得るという方向から離れて行ってしまいます。
ということで、邪気を鎮めることが大事なのですが、邪気を鎮めるには時間経過によって状況が異なってきます。
①相手に殺意を持つ。②相手に何か仕掛けてやろうと思う。③仕掛けようと筋肉を緊張させ、動こうとする。④筋肉を動かし、行動に出る。
このどの段階で処理するかによって、「先の先」や「後手の先」と区別されます。この時間軸①→④の順に事態は大きくなりますので、①の段階、あるいは①が起こるさらに先の段階で無難にすることが最も有効です。
しかし、①の、心の起こりを感じることは素人には難しく、まずは④の段階で処理することを覚え、徐々に感受性を変えていくことで、①の方向へ移行していけるのではないかと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、今回の法形の復習では、前述③~④の段階、すなわち「後手の先」をとらえるために、如何に相手の動きを治めるかがテーマとなります。
とくに払受蹴では、まず自分自身の体勢が崩れていないかを副道院長に指摘していただきました。
蹴り足にだけ意識が行くと、その足を受けようとして自分の体勢が崩れます。つまり、相手の意識状態に合わせてしまっています。
守者は、相手の蹴りに大きく反応するのではなく、相手の股関節を少しずらすような気持ちで相手の三陰交に下から触れうようにして払受を行います。
同時に、相手が蹴ろうとしている横三枚または後三枚を拳一個分くらいの幅でかわします。

また、吊上捕では、仕掛け技であるため、最初どのように掴むかがコツとなります。
吊り上げた時は、肩を極め、自分自身がどの位置に立つかがポイントであると副道院長がおっしゃっていました。
送捕も同様に仕掛け技ですが、これも初めにどうやって相手を崩すかがポイントであるということでした。
掴んだ手で操作するのではなく、自分が低く入っていくことによって相手の体勢が崩れます。このとき、眉間の前に拳を持ってくる。自分の肘の角度も注意します。

後手の先を学ぶことは、人の心と体がどのように繋がっているのかを知り、相手の心がいかにして動くのかを知ることが非常に重要なのだと思います。
相手が攻撃する心理や、相手が崩される時の心理を知ることが出来て初めて、無理無駄の無い反攻撃が出来るのだと思いますので、人間というものを奥へ奥へと知っていく作業が必要となるのではないかと思います。
ですから、同じように自分自身が無理無駄のない心で相手と接しなければなりません。
そういう風に自分自身を見つめていくからこそ、少林寺拳法は動く禅であると言われる由だと思います。

以上、ありがとうございました。
結手

(嶋立歩美 記)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中