平成27年12月7日月曜日の修法記

本日の修練では、副道院長の指導のもと「片手巻抜」「片手送小手」「送巻天秤」「木葉返」の復習と、新科目で「後襟捕」を行いました。

「片手巻抜」「片手送小手」「送巻天秤」
いずれも鈎手守法の段階における注意点を指導して頂きました。
-守者が攻者の攻撃に合わせて動いているので、お互いが安定して立っている。そうではなく、相手の肩甲骨を撫でに行くようなイメージで鈎手守法を行う。それにより、相手を少し浮かせることができればなお良い。

「片手送小手」
-鈎手守法で相手を浮かせることができれば、相手の体重を利用して落としやすい。また、手首と首は連動しているので、手首を痛めて攻めるのではなく、相手の大椎(だいつい)を打つようなイメージで掛けると良い。
相手の肘を伸ばして掛ける場合、相手の肩が内旋する方向へ小手を捻りながら掛けると首に響きやすい。

「送巻天秤」
-天秤を捕る場合、相手が手首を自由に動かすことができてはならない(てこの原理が働かない)。相手の肩と同じ高さに手首を留める。次に、相手の肘に支点を作る時、身長差があり自分が相手より高い位置にあっても、上から攻めると相手の腕力によっては抵抗されることがある。(相手を自分の体側で浮かせるようなイメージで)下から入って掛けると良い。

「木葉返」
-相手が一字構を崩して指先を正面に向けているので、その指先からのエネルギーを受け取り、こちらの肘から返すようなイメージで捕る。この時、相手の小指・尺骨側を通って、相手の膝を崩すことをイメージする。小手を捻り上げる時は、相手の肘で相手の顔の汗を拭うように捕る。

今回の修練は、法形の中で実際に触れる関節や経穴以上に、その延長線上にある背骨や肩甲骨、膝腰といった「正中線を作る要」を意識した修練となりました。
特に「木葉返」を副道院長に掛けて頂いた時には、同じ段位の方と何度繰り返しても無かった、左半身の線が伸びきるような感覚がありました(私が左前で掛けて頂きました)。小指の付け根もぷっくり腫れて、面ではなく点で捕られていることも感覚ではっきり分かりました。

その差を考えていて、道院長からお聞きした「武道は脳を変える」という言葉を思い出しました。

普段「これで一つだ」と思い込んでいるものは、実際には何十何百という構成要素があって、その一つ一つがそれぞれの働きを持っています。全体だけを見て考えて取り組んでも、その一つ一つを捉えないでいると、表面上は違って見えても、本質的変化は起こりません。
その一つ一つ、一見それだけでは何の価値も無さそうな要素を徹底的に考察する癖は、脳の回路自体を変化させて、その結果見えてくる世界が変わっているのだと思います。

ただ、脳を変えると言っても、それはとんでも理論を考えつくようになるということではないと思うのです。

少林寺拳法を指導して頂く上での感動は、「なるほど」と腑に落ちる理論の簡潔さです。たった一言のアドバイスで、その技のみならず、基本まで変わってしまうこともあります。
「なるほど」と腑に落ちるということは、結論を理解するのに「多くの予備知識が必要なわけではない」ということです。それでも、その「なるほど」に自分で到達することが普通の脳では非常に難しいのです。

「なるほど」に到達するためには、発想の素材を増やすための勉強と、「こうすればどうか」という工夫のボツネタを大量に持つことだと思います。
点を深めた結果の答えはシンプルでありながら、点を深める過程の論理思考で脳は変わっているのだと思います。

私が修法記を投稿するのは今回が今年最後ですが、来年以降も点と点を結びつけるように法形を考えて行くことができればと思っています。

(梅田海来 記)

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