平成28年1月21日木曜日の修法記

今日の修練では基本修練、科目の復習を行いました。

基本では上中二連突を行いました。
上段突と中段突をしっかりと突き分けること、膝をしっかりと曲げること、順下がりでは股関節を緩めること、前後に動く際に足を蹴って前に進まないこと、地面を蹴って前に進むことは筋力、体力を使って動くことになります。
最初はそのようにできても体力が落ちてくればできなくなります。
そのような動きではなく、一番重たい頭を使って前に出る。後ろに下げて重心を使うことを指導して頂きました。
その際には股関節の力を抜くことを指導して頂きました。

次に天地拳第一系の相対を行いました。
その際にご指導して頂いたのは以下になります。
上段を受ける時にはまずは体を躱してから上受、中段は連受、鉤突を打払受をして蹴る。その後に前に足を降ろして開き下がるように指導して頂きました。
級の場合はゆっくりでいいのでしっかりと突く場所と躱す場所を意識する。
攻者は突く場所を明確にすること、守者は攻者の突いてくる攻撃がどこにくるのかを意識すること。
攻者は上段の順突をどこに突くのか?三日月なら三日月を突くと意識をする。この辺りという曖昧な状態ではしない。
守者は拳を躱すのに自分の思ったように動かない。相手の攻撃が来るから下がる。決して来る前に勝手に躱すのではありません。自分の思うように動いてしまうと順突を躱すことはできますが、二撃目である逆突を突く間合になりません。間合が空き過ぎると蹴りの間合になってしまいます。相手の攻撃ありきで行うように指導して頂きました。
有段者になったら攻撃をしてもらうところを虚にする。
虚にすると相手はここを突きたくなる。
でも誘うと相手は突きたくなくなる。
虚を作ることを意識する。

「片手寄抜」
まずは最初に掴みに来たら必ず払う。
必ず下から浮かすようにする。掴まれた手の下に肘を持ってくる。掴んだ相手の体重を足の小指側に乗せるようにする。乗せさせて手刀切をする。

「両手寄抜」
両手を引いて来る。掴まれた所を動かすのではなく肘を手首の下にする。手を動かすのではなく相手の肩を動かすようにする。その際に足元から肩にかけて指先を動かしてからすると肩を動かしやすくなる。いきなり手首から動かしてはいけない。相手が浮いているから目打をしやすくなる。
相手の引っ張る力があるから相手が動くようになる。自分勝手に動かしても相手に影響を与えることができないので頭突きをされる。相手の引っ張る動きがあるからその力を感じることが大事になる。手はもたれたままで相手の肩を出すようにするとできる。

「両手上膊抜」
掴まれた時には相手の外に出る。外に出ることで相手からの力を流すことができる。体側を使う。腕を抜く時には自分の肘を自分の耳に付けるようにする。鎖骨より前に肩が行く位置では行わない。鎖骨より前にいくと腕の力になる。体幹の力を使う為には鎖骨より前に出ないようにする。脇を伸ばすようにして行う。
攻者に掴まれた手の距離を変えないようにする。攻者の手を引きながら返すようにすると返りやすい。その動きはS字を作るのにも重要。手を伸ばさせるようにしながら返すのが大事になる。
掴まれてからするのでは遅い。掴まれる前に変えてしまう方が変え易い。

「木葉送」
木の葉を掴むのに握ると潰れてしまいます。触れた手を使うのではなくその反対の力を使う。逆突でも反対の手を意識する。手首、肘、肩、首という流れではなくいきなり首に伝わることのできる力がある。入っていく力と抜けていく力がある。相手の力を抜くから相手に力が伝わるようになる。小指の付け根を持つ。経絡でいうならば小腸経の流れで入っていって大腸経出ていく流れがある。皆がするのは入れるばっかりで出ていく力がないから作用と反作用によって動かなくなる。入る、抜けるの動き、陰陽の力を使う。相手に近づくようにする。離れてしまうと相手が緊張する。緊張しない場所を探して入っていく場所がある。つまらない場所がある。そこを探すことが大事。掴まれた所、問題を解決しようとしても駄目。問題とは違うところを使うから効果がある。相手は絶対に言うことを聞かない。言うことを聞かないから相手にとって有利なようにもっていく。言うことを聞いてくれないのが大前提。皆どこかで言うことを聞いてくれると思っている。

自分の思っているのと力の出所は違う。
今回の修練では月曜日に道院長の仰られていた「鏡の法則」を意識するように副道院長から指導して頂きました。自分の力はここだと思うとそこが本当の力の出所ではなく本当は逆の手を使う方がより力が出る。常識と思っていたことが本当は違うのですと改めて副道院長から指導して頂きました。相手を見るのではなく相手の後ろ側を意識する。何もないところに本当は影響を与える場所がある。そういうものは目に見えないけれども本当にある。そう信じることが一番の近道であると教えて頂きました。今の自分には目に見えるものしか意識が届いていないので無いところを見なさいと言われてもどこだろうと考えてしまいます。まずはあると信じること信じて数を繰り返すことで実感が湧くのではないかと思います。

(近藤健太郎 記)

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