平成28年2月15日月曜日の修法記

 本日の修練では、少林寺拳法やその他武道の技術を応用した、さまざまな身体技法を指導していただきました。

 はじめに、氣の球をイメージしてペアでキャッチボールを行い、氣を交流してから、首と腰の緊張を弛める形を行いました。
 赤ちゃんは自我が芽生えると首がすわり、その後腰もすわると自ら動き回るようになります。大人でも首と腰は緊張しやすい部分です。そこで、座って向かい合い、一方がもう一方の手首を掴み、掴まれた方は気絶するようなイメージで腰と首の力を抜き、転がりました。
 先日のフランスのテロでは、意識を失って倒れていた人はことごとく助かっていたのだそうです。反対に、銃で撃たれた方のほとんどは、パニックになって逃げ回った人だったそうです。それは、人間が攻撃的な意識を持つ状態では、氣が上にあがって足元に意識がいかなくなるからだとか。
 首と腰の緊張を弛めると同時に、相手の攻撃意識もかわす形になっているのだと思いました。

 次に、相手に手首を掴まれた状態から、お互いの反対の手のひらと目を合わせて、相手を倒す形を行いました。
 この形では、手のひらと目を合わせることで生まれる「同化力」を使って、相手に影響をあたえます。手のひらや目を合わせると、その二人の脳波やまばたきの周期が同調してくるということは、研究でも明らかになっているそうです。その状態から腕力を使って押し倒すのではなく、すっと同調するようにイメージして行いました。
 また、相手にリラックスして横になってもらい、こちらが首の下に手を差し込んで、相手を起こす形も行いました。はじめに、手のひらも目も合わせずに行うと、頭部が重くなかなか持ち上がりませんが、お互いに手のひらと目を合わせて行うと、相手は無意識に協力してくれるので簡単に持ち上がりました。

 次に、お互いに立った状態から、腕逆捕の要領で相手に掴みかかってもらい、そこを中心にすっと近寄って相手を転がす形を行いました。掴まれた方は、赤ちゃんを抱きにいくように、相手にすっと近寄ります。
 この時、先にイメージを飛ばすということを指導していただきました。相手に掴まれてから対処するのではなく、掴まれる前から相手が足元に横になっているイメージを持つこと。
 また、人間は重力に逆らって立っているのであって、本来横になっている方が安定しているということを考えると、相手は攻撃してくるのではなく、自分に頼ってきているのだと考えるようにも指導していただきました。

 さいごに、同じく立った状態から、腕逆捕の要領で相手に掴みかかってもらい、掴まれた方は相手の仙骨に触れにいって相手を転がす形と、相手の後ろ首に触れにいって相手を転がす形を指導していただきました。
 人間の胴体背面でいうと、背骨は交感神経、仙骨と首のあたりは副交感神経が集まっているのだそうです。腰挫などでも、法形では腰の急所に当身を行いますが、合気道の天地投の要領で、仙骨に触れにいって相手を無理なく倒す方法があるとのことでした。

 今回の修練では、終始「触れる」ということについてお話ししていただきました。「宇宙には優しさしかない」ということばが印象に残っていますが、その「優しさ」が、ただ「観ること」と「触れること」なのだそうです。
 観ることというのは、物理的に見るということではなく、ただありのままに観る、判断しないこと。そして触れるというのも、ただ触れること。愛というのがわからなくても、ただ観て、触れてあげれば愛していることになるということでした。
 武道の技術を観ていく中で、ただ技術の質を向上させていくだけでなく、質を転換していくということが重要になってくるだろうと感じました。

(梅田 海来 記)
 

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