平成28年5月30日月曜日の修法記

 先日より新規に少年拳士が入門されたのに伴い、少年拳士及びBBCの参加者は一般拳士よりも1時間早く集合し修練に励んでおられます。

 私は本日は早い時間より参加可能であったため、少年拳士に混ざって修練を開始しました。各クラスに分かれた後に、基本修練、運歩法、前進稽古、前受身、内受突(裏)を行いました。

 その後、一般拳士の修練が始まる時間になるとそちらに合流して修練を行いました。基本修練の後にそれぞれ大会へ向けての組演武の修練になりましたが、私は組んでいる相手がまだ来られてなかったので先輩拳士と共に法形修練を行いました。本日修練した法形は「二段抜」「内受突(裏)」「内受蹴(裏)」「内受蹴(表)」「横転身蹴」「半転身蹴」です。その後、組演武の修練を行いました。

 最後に道院長より組演武に関しての法話がありました。以下のような内容でした。

 仕事でもなんでもそうだが「やり方」と「あり方(在り方)」がある。やり方というのも大事だがそればかりに捉われてしまってあり方を意識することが出来なければ「場」を変えることができず見ている者に伝わるものが無くなってしまう。演武であっても全身全霊で行う、その演武の後に全てを出し尽して死んでしまうというくらいの気持ちでやらなければ伝わらない。そのような意識を持って行えば自然に形や氣合の出方も変わってくる。

 氣の先や後の先という見方をした時に、多くの場合に頭を使って考えてしまって後の後になってしまっている。先に意識を通してから行うべきである。例えば守者となる時にも、先ず突かれる・掴まれるではなく、相手に攻撃をさせる・掴ませるという形を作る。それは周りから見ても、「その形なら確かにそう攻めるよな」というようなハッキリとしたもの。演武として決まった段取り・タイミングだからといって漫然と行わない。

 自分のあり方を見つめていくのが組演武の修練の目的となる。

〈考察〉

 本日の法話の主題であった「あり方」についてですが、想像のし易い「やり方」と違って掴み難い内容でした。あり方とはどのように捉えればよいのかを考えみました。

 目的に対するやり方というのは思考によって形作っていると思います。一方、自分自身のあり方というのは思考よりももっと以前の働き、無意識や氣と呼ばれるようなものの状態によって決まると思われます。あり方というのは、氣のあり方ではないでしょうか。氣の状態という観点からみると、大きく分けて氣は巡っているか・停滞しているかに分けられます。巡っている状態は発展や進歩、停滞している状態は現状維持ではないでしょうか。よく現状維持は後退しているのと同じといわれます。常にやり方を守ることだけを考えていると現状維持になりかねません。いかに意識を先へ先へと押し広げていけるかが重要なのではないでしょうか。

 自分なりの勝手なやり方を矯正し、正しいやり方を身に付けることで自身のあり方に氣付いていく。自身のあり方をを見つめ直して、やり方の中身までを発展させていく。どちらか片方に偏ることなく修練に臨むことが出来れば技も日常も変わっていくのだと思います。大会も演武も一つの修業ですのでこの経験を通してさらに成長していきたいです。

以上です、有り難うございました。

(柴田千博 記)

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