平成28年8月1日月曜日の修法記

本日は、基本を行った後「内受突」「転身蹴」と逆小手、居捕逆小手、小手投の法形を発展させた修練を行いました。

⚫副道院長からは以下のように教えて頂きました。

「内受突」
攻撃をかわそうとして外に出てしまっている人がいますが、振り身で受けることを意識して行って下さい。
「転身蹴」
転身する時に大きく外に出てよける必要はありません。拳1個分だけで良いのです。

⚫道院長からは以下のように教えて頂きました。

「逆小手、居捕逆小手、小手投の発展形」
 逆小手をかけようとした時に手首を捻ってかけようとしている人が多いけれど、そうすると痛いですよね。人は痛いことをされると咄嗟に逃そうとしたりかわそうとして力が入るので拮抗した状態になり、なかなか崩れてくれません。実は相手が嫌がることをすればするほど相手は強くなるのです。逆に相手が楽なようこの場合は手首を相手の正中線に近づけてあげると簡単に崩れてしまいます。しかも痛くないのです。
 また、両手を掴まれたとしても嫌だから逃げようとするのではなく、相手に入ってゆくと攻撃をしかけた側の相手が崩れてしまいます。大切なのは掴まれた方は逃げたり掴まれた所を何とかしようとせずに相手に真っ直ぐに入ることです。入る場所が遠かったり、正中線からずれていると相手は倒れてくれません。
 皆さんは「自分」と「相手」という2本の軸で技をやっていますね。そうではなくて自分の軸を消してゆく。相手の1本に合わせるのです。すると相手は力が入らなくなり転がってくれます。また、転がる方は手に力を入れずに倒れて戻る。相手と繋がって1本のイメージでそのまま返すと今度は相手が崩れて転がってしまいます。

 修練をしていて、攻撃する側とされる側どちらがどちらか分からなくなるような不思議な感覚になりました。私は技をかける時は「極め」ばかりを意識していますが、大切なのは心のありかたや意識をどう持つのか、相手の心地よい形や位置を感じることだったのだと思いました。技をかけられて痛いのは当たり前だと思っているので痛めないとかからないのではないか…とどこかで思っている自分がいました。しかし、道院長が教えて下さったことはそうではなく、相手を楽な形にしてあげることが相手を崩すことになるというもので、いつもと逆の発想で驚いてしまいました。
 また、
「逆手を持たれたら、鍵手をして下を意識するだけ」
「鼻を相手の胴着につけるように相手が倒れるように転がす」
とご指導下さいました。これは、私たちが最終形をイメージしやすいように言って頂いていることだと私は思っているのですが、この形が意味するものは相手に入る位置を分かりやすく教えて頂いていることと、「倒そう」「技をかけよう」という雑念を省いて動けるようにするということを教えて頂いているのだと感じます。目先の部分をどうこうしようとするという意識ではなくて、本当に相手と1本の線を中心とした動きをするための位置であったり普段している余計を省くことの大切さを教えて頂いているのだと思いました。
 日常のコミュニケーションでも同じで、相手をどうこうしようとするのではなくて相手と1本の線を持つ意識、相手が言いたいことや望む形は何かなということを自分という「色」を消して相手を見ることが出来ればぶつかる必要はなくなり調和するのだと思います。仕事でも家庭でも相手と1本の線を持つ意識を持ちこの修練を活かしてゆきたいと思いました。

(井上 恵以子 記)

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中