平成28年9月5日月曜日の修法記

 本日は少年部のはじめての昇格考試の後に、道院長の指導のもと「一本背投」「上受背投」「振捨表投」「諸手送小手投」「送突倒」「腰挫」の修練を行いました。

 少年部は、試験終了後に注意されたポイントの復習を行いました。
 横転より起き上がりの復習を行ったのですが、少年拳士のうちの1名が、起き上がり後の伏虎構で両膝をついている状態でした。正しい伏虎構の形を見せつつ、その形をとる理由などを説明していました。少年拳士たちは、その後道院長にも直接指導していただいて、横転より起き上がりの重要なポイントを体得されていました。

 少年部の指導をしている時に、道院長が直接指導してくださることがあります。その時に思うのは、やはり少年拳士の反応が変わるなということです。
 今は見習いから8級になったばかりの段階ですので、まずは形をしっかりと真似ていただくよう私は指導していますが、少年拳士たちも、いざやってみてもなかなかできないということがあります。そういう時にはあれこれと説明してしまって、おそらくこちらが説明したいことを説明しているだけになってしまっています。
 ところが、道院長の指導はそういうやり方ではありません。実に単純明快で、真に重要なポイントを、意識にポンッと入れられるような感覚です。
 たとえば、伏虎構で両膝をついている状態になっていた少年拳士には、私は「こういう理由で頭が落ちているから、もっとここ意識してごらん」という風に指導していたのですが、道院長は「足の裏を床につけるように」のワンポイントのみでした。ところが、それを聞いた少年拳士は、それだけで形が変わってしまいました。

 その時に思ったのは、私の「問題→原因→改善」のサイクルはものすごく狭くて硬いなということです。非常に感覚的で筆舌に尽くしがたいのですが、道院長はものすごくニュートラルで、言葉が意識に入ってくるのです。文字で書けば「まあ、そうでしょうね」と思われるようなポイントでも、面授された者はハッとする。「ハッとする」という表現が一番近いと思います。

 釈尊が大勢の弟子たちを前に、花をひねって示したところ、ただ一人の弟子だけが全てを悟り微笑んだという故事があります。これは「拈華微笑」と言って、以心伝心で法を体得する妙の意味ですが、少年部の横転より起き上がりという小さなところでも、無意識にそういうことが起こっています。
 普段は受け取る側で気づきにくかったのですが、少年拳士に授ける側になって、その深さと難しさを改めて感じます。

 その後は有段者の修練の時間で、まずは一本背投を指導していただきました。
 -腰が定まっていない。相手の正中線に対して、片手投と同じ要領で足から差し込む。腰を跳ね上げて持ち上げずとも、相手の「投げて欲しいポイント」に入れば、片手をひっかけるだけでも相手は浮き上がる。また、足を広げすぎると投げ方が変わってしまう。一本背投の場合は、相手の足幅から出ないようにする。投げられる側が窮屈なくらいがちょうどよい。それでようやく力が集約される。これは捨身投げであるため、相手の丹田に仙骨を当てに行くイメージで、一瞬で腰を切り返す。

 これを踏まえて、上受背投を指導していただきました。上受背投は現在は平拳打込に対して行いますが、過去には手刀打に対して行っていたそうです。指導上、指導内容のイメージがつきやすいようにと、今回は手刀内に対して行いました。
 -相手の手刀内に対して腰を切り返した後、相手に重心を押し返している。相手の手刀打をそのまま使う。投げる時は開足中段構の時と同様に、正中線がやや前傾になるように意識するとよい。
 私はここで指導していただいた「前傾になること」が難しいなと感じました。腰を切り返した後、どうしても相手を跳ね上げるような形になってしまっていました。

 以上の攻者の意識があってようやく「振捨表投」「諸手送小手投」「送突倒」「腰挫」の四種が行えます。
 -振捨表投と諸手送小手投では、相手の動きのベクトルを無視して引き倒そうとするのではなく、相手の印堂を見て、それを送るようにする。また、氣の先・対の線・後の先とあるが、氣の先をとる。相手に手首を掴まれる時には、指先と肘には弾力を残したまま、手首の力だけを抜くと、相手の足が止まる。昇格考試では法形通りに行えばよいが、護身術や易筋行のあり方としては、相手に投げられないことが最も重要。
 -送突倒で力が拮抗している時、守者は肘を伸ばしてまっすぐ立っていればよい。皆は手首も殺して肘も曲げて一生懸命踏ん張っているが、その必要はない。肘を伸ばしてまっすぐ立った状態から、相手に入る時に肘を曲げてまた伸ばすだけ。この時、手は相手の壇中からその延長線上の床までをイメージして、足は相手の膝より下をイメージして、低く低く入る。送突倒に移れないほど相手が回転している時、腰挫になる。当身はただ急所を打つだけでなく、膝を刈るようなイメージで打つ。

 指導していただいた内容は以上です。

 副道院長が「力だけで技を掛け続けた先に、必ず突き当たる壁がある」とおっしゃっていたことがありました。そして「その先に技の質の転換がある」ともおっしゃっていました。

 たとえば、片手送小手、閂送、今回道院長に指導していただいた振捨表投など、相手の頭を振る技があります。これらの技において、相手の頭を振りたい時に手首を中心に関節を極めたりあれこれすると、痛みで掛かるか、もしくは力が無ければそもそも技が掛からないという結果になると思います。
 私は「相手の頭を振る」という感覚を、最近少しずつ掴めてきたかなというところなのですが、その感覚を掴めてきたかなというタイミングで思ったのは、「まったく想像していなかった感覚だな」ということでした。それはつまり、今の自分の体感覚がほとんどあてにならないということだと思います。
 ですので、今のテーマは「掴み始めた感覚を頼りに、未知の体感覚を開拓していくこと」です。今回も技を何度も掛けていただけたので、「技の感覚を味わうこと」に集中していました。
 少しずつその体感覚を再現できるようになりたいと思っています。

(梅田 海来 記)

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