平成28年9月12日月曜日の修法記

本日の修練は、私は途中から遅れて参加させて頂く形となりましたので、内容が途中からの文章となりますこと、誠に恐れ入りますが御了承願います。

本日の修練では、道院長による易筋行の指導が行われました。二人一組になりお互いに正座で向かい合います。一方が腕を差し出し、その腕をもう一方が握ります。掴まれた方はその相手を倒そうと腕を振ったり押したりしても、相手は踏ん張って倒れません。この時に自分が頑張って力を入れて動けば動く程、相手は力が入りもっと頑張れます。そうではなく、腕を捕まれる前に、何も考えずにボーッと相手を見ながら、頭頂部を相手に見せるようにユックリとお辞儀をします。この時に丹田から曲げるようにします。それから再び腕を差し出し、捕まれた時に腕を横に倒すと相手は崩れて倒れます。何も考えずにお辞儀をすることによって、相手と氣が通りやすくなるそうです。人間の意識は顕在意識が約4%で、潜在意識が約96%を占めています。つまり、どうすれば相手が倒れるだろうか等と頭で考えてやろうとしている時は、僅か4%の顕在意識から出ているエネルギーでしかありません。そしてその顕在意識は「我」に当てはまります。しかし潜在意識は、争いや比較等の意識や思考の無い、凄く綺麗な本来の姿の部分です。道院長のお言葉で、法形の法は宇宙の事を指しており、それを形として体現する事が本来の法形だというお言葉があります。つまり、潜在意識が宇宙と繋がる部分であると思います。宇宙に闘争や比較等、自我はありません。ですが創造し広がり続ける無限のエネルギーが宇宙です。ボーッとしてお辞儀をする事によって、顕在意識から潜在意識へと変わり、宇宙と繋がる事によって有無もなくなり、倒れまいと頑張っている相手との境界線が無くなります。道院長のお言葉で、相手との差が無くなるから差取り。それが悟りです。というお言葉があります。そのようにして一つになる事によって氣が通り、倒れないと思っている事も出来るようになります。この体現こそが本来の法形であると道院長は提示をされています。

私自身普段の修練でする事といえば、法形修練の時では、技が上手く掛からなければ上手く掛かるまでやり続ける。それでも上手く出来なければ焦ってしまい、自分を責めてしまい悔しくなってしまう自分がいます。ですが横田道院長による易筋行は、凄く夢中になっている自分がいます。できるできないとかではなく、「感じる」という事がこんなにも楽しい事なんだと感じる事が出来ました。楽しいと感じる事で、自分の中に詰まってるモノをクリアにしてくれて、視野も広がると思います。楽しいということを軸に様々な気付きを得られるように、これからも修練に励んで行きたいと思います。

(西岡 大介 記)

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