平成28年10月24日月曜日の修法記

今日は道院長指導のもと、修練を行いました。

今日は修練の途中で法話がありました。
以下のようなことをお話し頂きました。

力の質を変える 。
自分が何を発するのか?
少林寺拳法の法形修練では何をしているのか?
自分の軸を作るためにする。
誰よりも強くなっていくのが目的ではなく、法形修練を通して自分の軸を作る。
そして軸の中にどんなものを通すか?
軸が出来ても中に通すものが怒りや、不安、嫉妬などではいけない。
通すべきなのは綺麗な水。
同じ力でも力の質をかえる。

例えば日々を過ごすのにどういう思いで過ごしているのか?職場に一人でも自分の幸せを願ってくれるような人がいるか?いないとすればまずは自分から相手の幸せを願う。
相手がどういう人でもどんな気持ちで対応するのか?
対応するときの気持ちが怒りなのか?不安なのか?嫉妬なのか?

力で一番強いのは愛と感謝。
どんなストレスであっても愛と感謝には勝てない。

自分のなかで愛と感謝を育てる。
常に愛と感謝を自分のなかから発していく。これは意識して行わないといけない。
法形修練だけではなく日常でも行う。
全ての相手に感じる。意識をする。愛と感謝以外の力で力を加えると倍の力になって返ってくる。
日常生活でも同様である。相手と常に違うものを出していく。
人と同じことをしてはだめ。
相手の幸せを祈って相手に触れてみる。相手のなかにある仏性に祈る。

今日の修練を通して感じたのは、道院長から以前頂いた資料の中にあった話の実践版なのだと感じました。
その資料の中にあったのは、自分の中にあるものをクリアしていくという話でした。
自分が日頃何を考えて行動しているのか?
いつもの習慣でやってしまうことは誰でもあると思います。
例えば感謝しなければと思っていても感謝ではなく怒りをぶつけてしまったり、不平不満を相手に伝えてしまうことがあります。冷静になると感謝しないとまずかったと気づくのです。その気づくことが大事であると思います。次はしないようにする。そう決めてしてしまう。
 力の質という話の中で水の話がありました。開祖の法話にもコップの水を捨てるという話があるように、自分の中にある水を捨てない限りは水の質はかわらない。上から綺麗な水を入れてもコップの中に入っているのが泥水だったら汚いままになる。意識して物事が変えられるのならそれだけ簡単なことはありません。変えようと思っても変えられないのは別の要因だと思います。意識を変えるというだけではなく、自分自身の潜在意識に対してもアプローチをしていかないと難しいのではないかと思います。そのために祈りというのが重要なキーワードなのだと思います。
 私達はダーマの分霊である。だから自分の中にダーマの分霊があるように相手にも同じダーマの分霊が入っている。だから相手の為に幸せを祈ることは自分の為にもなるのです。そう思っていても日々の生活の中ではそれを忘れてしまいます。相手にバカと言えばバカと返ってくる。相手と私は同じ根本からなる存在であると考えると言葉も選ばないといけませんね。常に自分のことを省みて、愛と感謝で生活できているかどうかで技だけでなく人生にも影響を与えるのではないかと感じました。

(近藤 健太郎 記)

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