平成28年11月7日月曜日の修法記

 本日の修練では、基本修練の後「上受背投」「肩打投」「送四指捕」の復習を行い、その後道院長に「片手投」「上受突」を指導していただきました。

「片手投」
 相手の手首を返そうとして、腕ばかり見ている。その先にある肩甲骨を返すようなイメージで捕る。正中線から相手に入る。間合いが遠い。

「上受突」
 相手の攻撃に対して速さやテクニックでカバーしようとしている。一瞬でも後ろに引かない。布陣には対構えと開構えがあり、その中にも前屈立と後屈立がある。上受突の場合は前屈立で構える。
 剣術の柳生新陰流などでは、上段に構えた相手対して、下段に前屈立で構える。その状態で、先に意識を細く長く飛ばしておく。だから不利に見えても早い。それと同じ。

 今回指導していただいた中で「肚で押さえる」「正中線を押さえる」「先に気をとばす」「自分の状態を相手に移す」という言葉がありました。

 「皆さんの意識はあちこちに飛んでいて、ふわふわしています。自分自身の魂や霊というものは、全て丹田に置いておくのです。」

 意識というのは非常に不明瞭なエネルギーであるにも関わらず、我々は常にそれが自分自身のものであるかのように錯覚しています。その不明瞭なエネルギーとうまく付き合っていくための道が、禅や武道であり、瞑想やあらゆる呼吸法なのだと思います。
 過去の生死を賭けた武士同士の戦いでも、対面した時点で、その場の意識や空間を支配した者が生き残ったのでしょう。中国武術でいうところの功夫など、胆力の差が全てを決しているのだなと思います。
 囚われのない自由自在の境地というのは、全ての人々の中に種として内在していて、あらゆる固定概念や「これが自分だ」という思い込みを捨てていった先に、ようやく花開くのではないかなと思いました。

(梅田 海来 記)

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