平成28年12月19日月曜日の修法記

本日の修練では、基本稽古の後、道院長の指導のもと三段科目の復習を行いました。
全体で指導していただいた内容、個別で指導していただいた内容をまとめて記します。

【送指返】
「大骨空を攻めることに躍起になって、まごついています。
龍王拳、龍華拳の技に共通することですが、相手の親指を伸ばしてしまえば、それで技は掛かるのです。鈎手守法でも、親指を伸ばします。小手抜でも、親指を切ります。
上受投など、五花拳の技は親指を使わずに掛けますが、そういう例外を除いて、多くの柔法では親指がキーポイントになります。

送指返の場合は、まずは木葉守法で相手から離れないようにする。むしろ寄っていくイメージです。そして、相手の親指をすっと握るようにして封じます。
相手に掴まれても骨の上には皮膚がありますから、自由に動くことができます。焦って抵抗するよりも自然に立っているように。そしてこの時に、相手の手を塊として見ないように。
人間は指先から氣が出ています。相手の手を塊として引っ張ると、相手は手応えもあるし抵抗もできるのです。そうではなくて、相手が木葉返あるいは木葉送を捕ってくる時に、指で作っている輪に引っ掛けるようにします。そうすると指先にはさらに氣が集中して、相手は自ずから崩れます。

あとは掛手が浅いので、自分の手のひらが相手の手の甲にぴったり吸い付くように。手を掛けるタイミングが早すぎるので、相手が崩れて自分が楽な体勢にある時に手を掛けると良いですよ。」

【送片手投】
「肘を当てるように寄せて行かなくても、相手の手首を意識すれば相手を浮かせることができます。

片手投は、合気道や古流などにある形で言うと、本来は立って捕るのです。少林寺拳法では座って捕ることがありますが、これは関節が固い人への優しさです。相手を脱臼させるのであれば、立ったまま捕れば良い。相手が天井を向いている状態まで崩して、そのまま地面に打ち付けるという方法もあります。

それをしないのは、片手投が鍛錬技だからです。たとえば、相手が逆天秤を捕ろうとしてきた場合、諸手片手投を捕っている暇があれば諸手押抜で抜くでしょう。片手投は、つま先から入って転換して捕るのではなく、かかとから入って転換した時には既に捕っているのです。これは全転換や半転換でもそうです。
また、入り身の際は相手から離れすぎないように。」

先週に引き続き道院長に三段科目を指導していただいて、すべてを繋げていかなければ意味がないのだなと感じました。押さえるべきところを押さえていくと「これはこうだった」「あれはああだった」とはならずに、すべてが繋がっていくのだと思います。
すべてが繋がっていくことで、技の中でも視点が上がっていって無理に気づいたりします。無理というのは「理が無いこと」=「人為的な産物」ですから、無理に気づくということは、すなわち自分が消えていくことだと思います。
普段から自分を観ていても他人を観ていても、色々な場面でエネルギーの虚実を感じます。「ああ、今は無駄に消耗していたな」と思えればまだましですが、自分が消耗していることにすら気づいていないことも…。そして、そういう時は大抵自分という意識が強い時です。
自分が消えていくことで、そういった無駄な消耗は無くなっていくのだと思います。

以前道院長が「皆さんは基本も技も、意識があちこちに散じた非常にあいまいな状態でやっていますね」とおっしゃっていましたが、本当の実の状態というのは、立ち返るべき原点であり、極意なのだと思います。

(梅田 海来 記)

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