平成29年1月30日月曜日の修法記

 本日は基本稽古を行った後、三段の試験準備を行いました。

道院長には以下のようにご指導頂きました。

●蹴天一 掬投
外受した手と下受の流れがありますが、別々の動きにならないようにして、金的までを1のカウントでできるようにし「速さ」を意識して下さい。

●袖巻返
相手が大きい場合は相手の内側に入り、相手を崩してかけるようにします。人は何かを掴んだり持ったりする時、手の甲が上になっている時はしっかり持てますが、掌を下にして掴んだ時は体制が崩れ逆に掴んだ方へ寄って行ってしまうのです。この働きを利用して、相手の掌が上に向くように技をかけるように意識して行って下さい。

●送四指捕
コの字で固めているように見えますがそうではありません。手の指は関節も多く柔らかいので、コの字にしてもなかなか極らないのです。どちらかと言うと、木の葉や閂固のイメージで関節の遊びを無くして極める技です。

●半月返 掬首投
半月受から熊手突までを速くすること。熊手突が効いて初めて相手の首が横頸中に指をかけやすい位置にくるのです。

【考察】
 「三段科目は技の正確さだけでなく速さも重要で、白蓮拳の動きを使うものが多くあります」と道院長から教えて頂きました。今までの私はどちらかと言えば速さは二の次で、技の流れを覚えたり、正確に技をかけるのに必死でした。しかし、三段ともなるとそれ以上の技術や精神的な面が求められるのだと思います。
 なぜ「速さ」が求められるのでしょうか?私は技をする時はたいてい頭を使って考えたり、技が合っているかと不安だったり、攻撃に対しての恐れる気持ちが出てきます。つまり「余計」が多いのです。これらの「余計」をなくし、考える前に技が出来ていたらもっと速くなるのになと思いました。指導して頂いた半月返掬首投をしていた時も、私は始めは一つ一つの動きを考えながら行っていると動きに区切りがついてしまい、全体の動きが遅くなっていました。しかし「速さ」を意識することで「余計」や「無駄」が少なくなり、動きに連動性が出来て技もかかりやすくなってゆきました。
 また、自分のことでいっぱいいっぱいになっていたものが「余計」をなくすことによって、相手の攻撃の来る瞬間を意識することが出来るようになった気がしました。
 日常生活においてもこのことは大切ではないかと思います。私は行動する前にあれこれ頭で考え不安になってしまい、行動するまでに時間がかかることがよくあります。そういった「余計」を少しでも無くし、行動してゆけば、行動も速くなりより前に出ることが出来るのだろうなと思います。また、心の「余計」がなくなれば相手のことを思いやる心の空間のようなものが持てるのではないかとも思います。これからは修練・日常共にこうした「余計」をなくすことを意識していこうと思いました。

(井上 恵以子 記)

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