平成29年2月20日月曜日の修法記

 二月二十日の修練は、級拳士・有段者を交えて道院長による全体指導が行われました。

 はじめに、人間の意識についての概説がありました。

 「宇宙意識→潜在意識→顕在意識」という順で、我々の意識は顕在化している。日常のコミュニケーションでは顕在意識同士でやりとりしているが、本来全ての潜在意識は繋がっている。その状態を応用するために、技術的な部分でいうと「目を見ること」「皮膚に触れること」。
 少林寺拳法では「八方目」剣術では「遠山の目付け」と言われるが、それは目の状態と意識の状態が密接に関連しているから。ぼーっと全体を見ている状態では意識が溶け合う。

 この説明の後、相手に横になってもらい上半身を起こす動きを行いました。目を合わせず掌を合わせずに行った場合と、目を合わせて掌を合わせて行った場合との違いを確認しました。その後、正座で向かい合い手首を掴まれる形でも、目を合わせず掌を合わせずに行った場合と、目を合わせて掌を合わせて行った場合との違いを確認しました。

 次に、人間には身体の内側にある経絡(内経絡)と、もう一つ身体の外側に伸びる経絡(外経絡)があるという概説があった上で、各種身体技法を指導していただきました。

 まず、ペアの方にまっすぐ立ってもらい、後ろから肘に手を当てて呼吸を感じるという形を行いました。すると肘に手を当てられている人は前後に船をこぐような動きで自然と動き始めました。自分では何も考えずに自然に立っているだけでも、外に氣が流れるため、身体が動き出すということでした。
 次に十字小手の要領でペアの方に手首を掴みに来てもらい、こちらは相手の大椎(頚椎七番)に触れにいくようにして、相手にすっと近寄るという形を行いました。

 最後に、相手の呼吸を感じるということについて説明していただきました。
 相手が今息を吸っているのか、吐いているのか。それが実際にわかることが重要なのではなくて、相手が今息を吸っているのか、吐いているのかを意識することが重要。
 塚原卜伝という剣客がいた。その高弟の一人は、道端に繋がれた馬の近くを通った時、馬が後ろ足を蹴り上げたのをひらりとかわした。それを見た周りの人たちはさすがだと褒め称えたが、卜伝は違った。その後、卜伝ならどうするのか試してみようと思った人々は、暴れ馬を道端につないでおいたが、卜伝はどうしたのかというと、そもそも危険因子を含む馬にうかつに近づかなかった。技だけが優れていても意味がないのだと。

 日常のコミュニケーションにおける何気ないやりとりにおいても、教育・指導などの分野においても「伝えること」と「伝わること」とは全く違うことだなと感じます。今回指導していただいた「相手の呼吸を感じる意識を持つこと」は外経絡を伸ばしていく(氣を飛ばす、先を取る、根回しをする)ための訓練であり、そういった感性を育むことによって、対人関係の中で相互に活性化された状態を作り上げていくことができるのではないかと感じました。

(梅田 海来 記)

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