平成29年4月3日月曜日の修法記

 本日の修練では、少年部の指導の後、六月の演武会に向けて柔法乱取の衆敵闘法を行いました。
 少年部では、基本稽古と「上受突(表・裏)」を行いました。
 指導の際は「法に則って相手を制するためには何が重要か」が伝わるように意識しています。重要な要素を「伝えよう」とするのではなく、「伝わる」ように仕向けていくことが重要だと思うのです。
 たとえば、上受突で身体を外に大きく逃がしながら体捌きを行っているような時。「身体を逃がしすぎると相手に崩されてしまうよ」「それでは順突が遠回りになってしまうね」「だから相手の正中線を押さえるようにまっすぐに入ってごらん」と、手順を分解してニュアンスを説明する前に、一言「足をここに出してみなさい」と伝えると、体感覚を掴めてパッと変化したりします。子どもたちが素直であるがゆえに、余計にです。

 横田道院長の指導を受けている時も、ハッとするような一言で意識の中に変化に向かう切り込みをいれていただいて、その後丁寧に形を刷り込んでいただくような感覚があります。これはおそらく、発せられる一言の前に膨大な情報があるからだと思うのです。
 5つの手順がある場合、1〜4の情報を含んだ5の一言を投げかけられると、人間はその情報を潜在意識でキャッチしますから、パッと変化してしまう。バスケットゴールにボールがスパッと入ったような、そういった感覚を何度も味わってきました。
 これは日常のコミュニケーションにおいても重要な技術であると思うのです。あらゆるバックグラウンドを内包した、一行の台詞が響いたりするものです。そういう時、人は不意打ちを食らったような状態になって、意識の強張りが解け、そして意識が開くと思うのです。その状態を作ることが先決であり、それがなければ伝わるものも浅いところでしか伝わりません。

 ですから、今はその「意識を開かせる技術」を磨くために、少年部の指導に携わっているのかなと考えます。

 ただ、これは技術であると同時に、その人がどれだけ修行をしているのかという無意識の情報の部分が多くのウェイトを占めているとも思います。肚、胆力、気迫。後半に行った柔法乱取の衆敵闘法でも、もみくちゃになって力の拮抗状態が続くことが多かったのですが、その時に横田道院長がアドバイスしてくださったのが、

「気迫がありません」
「掴み掛かったら殺されてしまう・・・そう感じさせるほどの気迫が必要です」

ということでした。

 やはり物事が目に見えて動き出す前の状態を押さえていなければ意味がないのでしょう。
 横田道院長は「武道というのは、コミュニケーション能力を高めるための訓練です」とおっしゃっています。その本当の意味を深いレベルで理解して、実生活の中で応用していくことが目標です。

(梅田 海来 記)

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