平成30年2月8日木曜日の修法記

本日は鎮魂行、基本稽古を行った後に法形修練、学科を行いました。
「逆引天秤」
腕で無理やり倒しにいかないようにします。力で押すと相手がその力に反発してしまいます。動きに無駄がないように綺麗な形で行うように意識します。相手にわざと倒れてもらい、どのように動くのかを見ていく修練も行いました。自分が引いたり押したりして、相手が倒れるのを邪魔していないかを意識して行います。別法として相手のハクセツを攻めて倒すことも出来ますが、あくまでも途中で止まった場合です。
体捌きでは自分がその場からいなくなるように動きます。相手と同じ方向を向くようになります。
「引天秤」
相手の横に入る際には、相手の反対の拳から遠ざかるように意識し、後ろに行き過ぎないで真横に立ちます。自分の前三枚を相手につけに行くようにします。そして相手の手を自分の腰につけて、相手の手を返しながら体捌きで力を伝えていくようにします。握拳打は自分の首元から丹田を使って振り、相手の大椎を狙います。
他の法形でもそうですが天秤をとるには、相手を上にあげるように意識して行います。血逆法といい頭に血が集まるので、相手が力を入れるほど技がかかりやすくなります。相手の肘の上に置いた腕は押し込まずに、テコの支点のようになるよう動かさないようにします。
(学科)
少林寺拳法の修練体系について学びました。特に以下の内容が印象に残りました。
少林寺拳法の修練の種類は基本・法形・乱捕り・演武があります。拳士は指導者を徹底的に真似ていく中で自分自身を省みていきます。基本は自分自身の状態を基本諸法を通して見つめていく、自己との対話です。法形は自分の鏡である相手を通して自らを省みる、他者との対話です。乱捕りは、行っていると息や心が乱れてきてしまいますが、文字通りそういった乱れを取り除いていく修練です。演武では、当たれば有効だという攻撃を撃たれる、それに対して法形で確実に身を護っていく、ということが他者から見ても納得できるような形で表現していく修練です。
少林寺拳法の動きには全て理が含まれており、その理や法則を肉体を通して体解、体現していくことが目的です。この理が無くなった形というのは、無理がある形と言えます。少林寺拳法は護身術でありますが、技を通してこの理を意識しながら修練していくことで「行」として行うことが出来るのです。
〈考察〉
本日は学科でも理が無い・無理という言葉がでましたが、今回の法形修練でも自分の動きが小さい法形でしたので特に無理がないか意識して行いました。天秤の際に、力をかけないはずの外腕刀で押すように倒そうとしてしまうと、直接的に自分の腕に気持ちの悪い違和感が出てきていました。また自分が技をかけられる際にも、引っ張られたりするとモヤっとしたような気持ちになりました。倒すのではなくて、倒れてしまうという形を目指し、相手がどのように感じているかということに意識を向け続けることに努めたいです。自分や相手や法理・法則など、全てに目を向けてゆける余裕を持つことが肚を作っていくことに繋がるのではないかと思いました。
(柴田 千博 記)

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