平成30年3月22日木曜日の修法記

本日の修練では、鎮魂行、基本修練の後、片手寄抜、片手巻抜の復習を行い、その後「金剛禅の教え」についての学科が行われました。

まず片手寄抜では、鈎手守法から手刀切が別々の動きにならないように指導していただきました。相手が引いてくる力を股関節でもらってから、手刀切で返しにいきます。手を抜こうとすることに意味があるのではなく、手を抜くことに意味があるのではなく、その循環や地に返すということを意識するように指導していただきました。

次に片手巻抜では、鈎手守法の際肩甲骨から相手を制するように指導していただきました。その時点で相手が崩れているようにしますが、手を押さえつけて崩すのではなく、下に下にイメージを持ち丹田で崩せるようにします。手で押さえつけてお互い拮抗してしまう傾向にあるので、相手がこちらの手を頼りにできないように意識すると良いと指導していただきました。

学科では、開祖が金剛禅を創始するにいたった原体験から、宗教としての金剛禅、ひいてはその目的である理想境の建設とは何かということが話されました。また開祖が目指す社会を実現するためには、我々が少林寺拳法を修めることで現実として変化していく必要があり、その変化していくものとは六境や六識であるということでした。
「信仰があなたを救った」というキリストの言葉についても触れられましたが、これはキリスト教の優位性を説く言葉のように解釈されがちです。しかしこの言葉は、真には「あなたの信じたものには力が宿る」という自己確立の主たる部分を指摘していて、これは開祖もキリストも宗教人として描いていた人間像に大きく変わりはないということかなと思うのです。
ですから、自分自身も修練を通して現実に何か変化できているのか、そこは常に自問しつつ、自らの本質のより深い部分にリーチできるように精進したいと思います。

(梅田 海来 記)

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