平成30年4月19日木曜日の修法記

本日の修練は、級拳士である私にとっては貴重な経験をさせて頂けた講義を受けさせて頂きました。

少林寺拳法は剛法、柔法、整法とあります。私は級拳士ですので、普段の修練では剛法、柔法の指導を頂いておりますが、整法に触れさせて頂く機会は滅多にありませんが、触れさせて頂ける貴重な経験をさせて頂きました。
触れ合わさせて頂いて感じた事は、人を活かすのには「肚」が必要という事でした。行動を起こすのに不安があっても、それでも「やるんだ!」という「意識」「肚」が相手にも伝わり、「氣」が繋がって初めて人を活かす事になるのだなと感じさせて頂きました。
そして同時に、それは自分の「我」を入れないという事とも思います。
金剛禅の信仰の中心は、大宇宙を貫く真理である「ダーマ」と読本にあります。人間一人一人が「ダーマ」の分霊を持つ分身として存在し、あらゆるものを結びつける力(大引力)、すべての生物を生成化育する力(大生命力)、因果応報の道理をつかさどる力(大霊力)とある、宇宙の根本実相であるダーマのその「働き」を感じとり認識する事を目的とする方々が集まる、まさしく宇宙と繋がった空間とも言える場所が修練の場です。
そこに自分の我を持ち込まない事だと思いました。
この日の修練では、先生方々や先輩拳士による活法の一部を観させて頂きましたが、宇宙の法そのものである御指導の通りに、自我を挟まず乗り沿って行うと、本当に人を活かす事ができる場にご一緒させて頂きました。これ程に目に見えてわかりやすい程の現れを見させて頂いた事に驚きを隠しきれませんでした。
ですがこれは普段の修練で御指導を頂いている二人一組の法形でも同じ事なのだなと思いました。どちらかが「我」を出していると、そこには鍛え合い共に成長していこうとする「組手主体」の協調性を養う精神に繋がらないと思いました。まさしく、自分の立場だけでなく、相手の立場も理解し、補い合い、お互いに高め合う「調和」という宇宙の実相を
養っていけるように、自分を持ち込む事無く調和の意識を持ってこれからの修練に励んで行こうと思いました。
(西岡 大介 記)

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