令和元年12月12日木曜日の修法記

本日は鎮魂行と基本稽古を行った後、復習科目として「片手十字抜」「片手十字小手」「押受投」「押受巻投」を行いました。

○副道院長には以下のようにご指導頂きました。

「片手十字抜」
●攻撃をしっかり行う
攻撃する側はしっかり相手を押せているかを確認して下さい。しっかり押されるから、守者は攻撃をいかにして止めるかを試行錯誤するのです。巻抜でもそうですが、相手の正面にいると押されます。自分が相手から見てどの位置にいるか。十字抜の場合は手刀をしながら相手の外側に出ること。そうすると相手は崩れて後ろにのけ反ります。相手がのけ反った所から戻ろうとするのを利用するから、十字抜が掛かって抜けるのです。

●相手の親指を切る
相手に捕まれた時に、自分の手は鉤手をしてしっかり生かしておくことが大切です。この手が死んでいると抜けない。自分の手を生かしたまま下げることで、相手の親指が切れて掴めなくなります。すると簡単に抜けるのです。

「片手十字小手」
●相手が自分に合わせてしまうような掛け方を意識する
片手十字小手は、手首、肘、肩の高さを一直線にしてから十字小手を掛けますが、どの順番で相手を極めるのかを意識して欲しいです。肩→肘→手首の順番で掛かる時は自分が動いたり寄っていく掛け方で、どちらかと言うと相手に合わせた相手本位の掛け方です。逆に手首→肘→肩と極めると、守者は動かなくても相手が掛かりながら寄ってきてくれて自分本位の掛け方になるのです。特に有段者は自分は動かず相手に寄ってきてもらうように研究して下さい。

○助教には以下のようにご指導頂きました。

「押受巻投」
●掛手の位置と自分の手の添え方を意識する
掛手をする位置ですが、相手の前腕を持つと言うよりも、相手の手首にある横紋に掛けます。また、掛手の反対の手の中指と人差し指を相手の母指球に引っ掛け、相手の掌が丸くならないようにします。投げる時も相手の腕を握って投げるのではなく、相手の腕にそっと触れて、少し上げつつ手の経絡を伸ばすようにして崩してから投げると力は要りません。

●相手の全体を見る
相手の腕を見るよりも、相手の腰や身体の動きを見ます。振突をしてくる時に相手の身体が少し開きますが、この時が相手は一番不安定になるのです。攻撃してくる拳ばかりを見てしまうと技を掛けるのが遅くなり、相手の力が勝ってしまうので、相手の身体の動き全体を意識して下さい。

〈学科〉
●初心を忘れず、好奇心を持って生きる
少林寺拳法には学科がありますが、技術だけを習得すれば良いのでは無いということです。つまり、技が掛かる掛からないということが重要ではないということなのです。皆さん、少林寺拳法を始めた時は「これでいいんだろうか?」「これってこういうことかな?」と思うと思いますが、その初心が大切なのです。先日、ノーベル化学賞を取った吉野彰さんが吹田市出身ということで、吹田市の子供たちに宛ててある文章が配られました。その文章の一部に『好奇心を持ってどのような事でも「なんでやろう?」という気持ちを持つ。子供でも大人でも変わらず、それを持ち続けるというのは、ひとつ大事なことです。みなさん目標と好奇心を持って頑張って下さい。』と書かれていました。いくつになっても好奇心をもって取り組むという感受性はとても大切だと思います。
また、もっと失敗をして欲しいです。失敗したら嫌だからやらないのではなく、思い切りやって出来なければ「なんでだろう?」や「じゃあどうしよう?」というようにまた好奇心をもって深めてゆけば良いのです。道場はバーチャルリアリティの場であり、いろいろな経験が出来る場所なのです。出来なくてもいいから出し惜しみせず、遠慮しないでやっていって欲しいです。

【考察】
本日の学科では、ノーベル賞を受賞された吉野さんのお話しがありました。何事にも好奇心を忘れないこと、これは修練の中でも日常の中でも言える大切な意識だと思います。少林寺拳法を始めた頃は全てが初めてで、新鮮で、とにかく付いてゆくことにいっぱいいっぱいでした。また、私は運動音痴で物覚えも悪いので必死でした。今もいっぱいいっぱいですが、あの必死さを今も持っているかと言われると疑問だなと思います。今の自分があの時の必死さを出せたなら、もっとよりいろいろな視点や深めることが出来るのではないかと思いました。
また、日常においても家族や身近な人への感謝を忘れないことが大切だと思いました。日常生活の中では当たり前だったりルーチンになってしまうことが多いと思いますが、慣れて初心を忘れているから当たり前と思ってしまうのだと思います。初心に立ち返ると自然に感謝の気持ちも湧いてくるのではないかなと思うので、日々、心を新たにしてゆくことが大切だと感じました。
修練の一回一回、日常の一日一日を最後だと思ってやってみようと思います。慣れではなく、初生の赤子であるという意識を忘れず、これからの修練に挑みたいと思います。

(井上 恵以子 記)