令和2年7月27日月曜日の修法記

今日の修練では、基本修練を行った後で、拳士二名の指揮のもと、修練を行っていました。

私は、子供を見ながらの参座でしたが、皆さんは基本の動きの確認や、空乱、法形修練として、寄抜や掛かり稽古をやっていたようです。

中心から攻撃をする、かわす、ということや足を動かすということがテーマだったようで、皆さん熱心に行っていました。

ところで、物理学者のリサ・ランドールははじめは無神論者だったけれど、物理の研究を突き詰めた結果、神の存在を認めざるを得なかった。という話を聞いたことがあります。

入り口はどうであれ、ものごとを極めた先に高次元の存在を見いだすということは、非常に本質的な現象だと思います。

方や、一般的な「神」や「愛」「霊」という考えは非常に曖昧で、一人一人の「イメージ」や「思い込み」に大きく影響されます。

スピリチュアルの世界では、三次元の世界を軽んじられる傾向にありますので、思い込みで人生が上手くいくかどうかは、一か八かです。

しかし、三次元で物事が成立するというのは、無数のファクターが関与し、そのファクター同士の干渉が「調和」しなければ現象として成り立ちません。

拳技において、相手の攻撃を制するという一連の動きの中にも無数のファクターが絡み合っており、法形一つ一つに宇宙の因果の法則が内在しています。

なので、法形一つ一つを色んな角度で検証していくことによって、宇宙の法に近づいていくことが出来るのだと考えています。

「神様とはこういうものだ」という思い込みがあると、むしろ真実には近づけません。

あらゆるファクターを検証し、調和統合する目線が必要です。

今のコロナの問題も、ウイルス学だけでは解決出来ません。免疫学や、公衆衛生、薬学、社会学、経営学、心理学、政治、あらゆる観点から検証し、それを統合する感性がなければ解決には至らないでしょう。

真の科学とは、事象の結果を積み重ね、検証して導きだされた最大公約数です。結論ありきではありません。

拳技の研究にも同じことが言えるのではないか。

そんなことを、感じました。

以上です。

嶋立 歩美 記