令和2年9月7日月曜日の修法記

9月7日(月)の修練では、「差込廻蹴」「十字受蹴」の復習を通して、守主攻従の原則の再確認のため、攻者側と守者側の意識を問い直す修練を行いました。その後、有段者と少年部に分かれて、少年部では「上膊抜」「上膊捕」の復習を行いました。

この日は、まず対構えから攻者は差込廻蹴を素早く打ち込み、守者はその間合いを八方目でぼんやりと認識する修練を行いました。
多くの場合で守者が制したいのは相手の中心線となりますが、攻撃を受ける際にはどうしても相手の突き蹴りに目線と意識が向いてしまっております。狭くなった視野を広げ、相手の中心を観ること。この点を意識していただくために、反撃を行う前の八方目を再度確認しました。

そして次に、攻者の差込足からの入身に対して、守者はまっすぐに上段順突を突く修練を行いました。
この後に十字受蹴を行うのですが、あくまでも守者は「まっすぐに入ることもできる中で、あえて十字受を選択すること」が重要かと存じます。その前段階として、守者の意識を広げていただくため、そして攻者には無為に相手の間合いに入ることの危険性を感じていただき、本来の役割りを演じていただくためにもこの修練を行いました。

少林寺拳法の修練、ひいては法形修練を通じて何を得るかという部分を改めて意識していただければと考え、上記修練を通じて十字受蹴を行いました。

その後、少年部の復習では柔法の修練に移行し、股関節と重心の使い方による体感覚の差を確認していただきました。
日頃より横田道院長より「すべてを活用し、最小の労力で最大の成果を得ることが、極意である」とご指導いただきます。
上膊抜の場合、股関節を固めた状態(鼠蹊部の線が伸びて上半身が斜めに反っている状態)と、股関節を緩めた状態(鼠蹊部の線が窪んで上半身は真っ直ぐに立っている状態)では、肩を下ろす際に真下にかかる重力が変化してしまいます。極力自らに備わる重力(=腕の重み)を活用し、費用対効果を上げることが極意に沿った身体操作であると考えます。

上記同様に、上膊捕でも入身の際、膝と股関節を固めて地面に反発するほど相手の体重と衝突が生じます。そして衝突が残ったまま(=相手の膝と腰が活きたまま)横回転で小拳頭を切り込もうとすると、守者が発した分の力は逃げ場を失い、攻者の肘・肩を通って首に逃げているように見受けられます。
相手の頭の重みを床下にお返しするための通り道を作るためには、膝と股関節を抜く「浮き身」を使って若干の入身を行います。そして支点を小拳頭に集約するため、相手の小指から人差指までの拳頭一列を、守者は上腕と内腕刀で裏表からまっすぐに挟みます。この際肘が浮いて内腕刀が上腕より内側に入り、小拳頭から力が分散してうまくいかないパターンが多く見受けられます。

改めて原点に立ち返るために考えたいのは、「少林寺拳法の修練を通して何を得るか」という部分かと存じます。

三徳に通じる修練を目指して、あえて攻者と守者という関係性を設定したうえで法形修練を繰り返していながらも、それぞれの役割と押さえるべき要点についてあいまいになり、(本来の目的から考えると)意味のない修練を繰り返してしまっているのではないかと、自分自身反省したできごとがありました。

守主攻従の原則に基づき、法形修練の中では、守者は相手に攻撃されるのではなくそれを導き、数ある選択肢の中から自由自在に反撃の手段を選択できなければなりません。そして攻者は無為に相手の間合いに入る際の危険性を体感していなければならず、それを作り出すのもまた、守者が発する、目に見えない氣勢・氣合ではないかと存じます。

本来の目的を再確認しつつ、各々が道場で過ごす時間をより有意義なものとするための鍛錬を日々重ねていけば、大きい変化があるのではと感じています。

(梅田 海来 記)